手紙のあと

作者・しーんーせーかー
一次創作 2024年6月25日 1.00




「はぁ。やっぱり、だめか」
 くしゃくしゃにした白色の紙を、黄色いゴミ箱へ捨てる。
「まったく、時間の無駄だったな」
 ちらりと机の上に置いてある時計を見ると、もう寝る時間が近づいていた。
「明日で最後、なのにね……」
 哀愁を帯びた目をした黒髪黒目の少女は、Tシャツに足首までのパジャマを着ていた。
 艷やかな肩までの髪に、鋭い瞳が印象的な、けれどもその心はペンとともに学習机の上に落ちる。
「もう、一年も話しかけれなかったのに、手紙、なんて古臭いのにね」
 でも、もう卒業してしまう、黒髪を刈り上げて、爽やかに笑う運動好きな――想い人を思う。
「携帯もメールも全然聞き出せないし、友達にも頼れなくてずっと、考えてただけだったなぁ」
 くしゃくしゃにした便箋は、もう一枚しか残されていなかった。
「靴箱に入れたらベタ過ぎるよね」
 思わず笑ってしまう。でも、事実だと私――佐藤まなみはその手に、またペンを手にする。
「いっか。もう、卒業しちゃうし、キモいと思われるかもしれないけれど!」
 今まで行動できなかった分、想いをたった一言に綴る。
 誰にでも気さくに話しかける先輩。
 ナンパされそうになった時、助けてくれた先輩。
 その程度で、でもみなが好きになるほど、春から初夏にかけての風みたいな先輩を思う。
「好き、です。南先輩」
 目を閉じ、大人の男に絡まれた――ナンパされた時を思い浮かべる。
 足がすくんでしまった時、恋人のふりをしてくれた。
 それだけ。たったその一回だけだったけれども、十分好きになるには十分な時間だった。
 惚れるのは当然と、まなみは思う。
「どうか、想いだけ、届いてくれますように」
 きっと、気味が悪いと思われそうだけれど。
 この手紙が、最後の一枚の真っ白な便箋に書くことは決まっていた。



「そんなこともあったね」
「手紙入れるところ見たからな!」
 からからと、大学生の二人は笑い合う。
 手紙を入れた直後を目撃されたなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるぞ、とまなみは頭を抱える。
 長く伸ばした黒髪が、隣を歩く恋人のお日様のような横顔を見る。
「まあ、そのおかげで俺達付き合ったんだし。何事も、終わり良ければ全て良し、だ」
「そう、だけ――」
 ぽんぽん、と頭を叩かれる。
 初夏の気持ちの良い風が吹き抜けていく。
 彼はいつもと変わらず。
「じゃあ行くか、カフェでお茶でも、な」
「全く、甘党なんだから。パフェの新作できたもんね」
「おう、二人で食べきるぞ!」
 新作のパフェが好きという意外な趣味を見つけてしまったり、新鮮な毎日が、二人の間をゆく。
 ――手紙のあとの失敗は幸運への鍵となって、彼の部屋に飾られている。
 まなみは恥ずかしいが、でも。それだけ想ってくれているのを知っただけで、十分な幸せを感じられた。
 まなみと南は、もう一回り成長して大学ライフを謳歌している。
 これから、眩しく暑い、毎年違う夏が来る――。
「さあ、好きな子を拒むほど、心が狭い男じゃないからさ!」
「でもおごってくれるのはパフェだけでしょう?」
 そんな他愛のない会話をしながら、二人はお店を目指して、アスファルトの道を、歩いていくのだった――。
〜終わり〜