質素な机と本棚しかない部屋は、その者の心を表していた。
現エルニーニャ王国国王、カレイド・エルニーニャ。
国としての運営は軍に分け与えている、悪く言えばお飾りの国王だ。
「ふう。僕なんかが真面目に国王やるわけないのにね」
まだ三十代初めで、あごひげを生やした青年は、手を伸ばす。
「父さんと母さんは僕を過大評価しているよ」
すっとどう猛に目を細めて、カレイドは書類に適当にハンコをおす。
「軍が運営してる国で、なんも問題がないなら国王なんて飾り以外の何者でもないじゃないか」
そこには、かすかな感情が込められていた。
「いつか、軍国家から本当の王国へ取り戻す」
聞かれていたら、首を裂かれてもおかしくなかった。
「シーザライズ……彼のおかげで、僕ら一家は助かった。血を絶やすことなく、王として居続けられた」
そう。
傭兵とその友を思うと、側で直立不動で立つ老齢の執事を見る。
「でも、疲れるなぁ。そう思わない? ジーク」
「王としての職務は、しっかりやり遂げていただかないと」
戯言を聞かなかったことにして、執事は目を閉じる。
老眼で目も悪いが、剣技は一流。
故に、今もカレイドは親の友でもある執事には、本音を言えた。
「はーいっと。まあ、ジークが言うなら、終わるまで軍から来た書類相手にするよ。中身なんて決まりきってるし、読むだけで無駄無駄」
「ご自由になさってください」
傭兵シーザライズ。
ジークすらお手上げだったキメラたちの群れを、一瞬で土の荒野を武器に貫いた男だ。
あれは、敵にしてはいけない。
本能で悟った原初の恐怖は、金よこせという言葉と、だめだよ! という静止が人間の仕業だとわかった。
「シーザライズ、ここまで来たら、家まで護衛してあげよ!」
「まあ、エルニーニャの都市レジーナまで距離あるもんなぁ」
あの生死を分けた夜は、忘れられない恐怖があった。
それから軍の護衛が来た頃には、彼らはまるで最初からいなかったかのように消えてしまった。
「あんなヒーロー、忘れられないよねぇ」
暗闇だったからか、両親は見てなかったし、見なかったことにしたかったらしいが。
それまでは、なるべく王族としての仕事を放棄してきた。逃げていた。
でも、シーザライズの強さを見て、何もできない自分が恥ずかしいと、心から思った。
だから、任されたことくらいはやろう。
周囲からは、まともではない王に見えていい。
変人だ、無能だ、仕事は全部ジークに押し付けたと噂されるようカレイドは情報をあえて操作した。
「でもまさか、フォーク・キルストゥの後継人になるとはなぁ」
凶悪事件で家族を亡くした少年たちは、姓を変えた。
一応国民なのでその名を不幸だと思いはしたが――。
「まさか、シーザライズの名も出てきたときは、会えないのをどれだけ悔やんだか」
「相当、お好きなのですね」
「そりゃ、恩人だからねぇ。でも、ジークの言いたいこともわかるけど、シーザライズは嘘はつけないし、相方が突っ込んでたろう?」
「その信頼、どこから湧いてくるか不思議です、国王」
「仕事ほっぽってすぐ会いたいよー? 本当はねぇ」
無茶を言ってるのはわかっていた。
軍人でもなく、傭兵をやっていることはなんとかわかったが、フォークという少年たち兄弟に肩入れしていると、軍人からなんとか話を聞き出した。
「年も年なのですから、王妃を探して欲しいものです」
「妹が結婚して子供もいるじゃないか。僕なんて女に騙されて殺されかけたんだぜ?」
「それは、心の傷ですね」
「うんっ。だから、カレイド国王は無能で軍人に治安も任せている、だよ。ま、あんなところに第二の軍部作ったのは知らないだろうけどさぁ」
「カレイド。誰が聞いてるか分からない」
「おっとっと。さて、無能は無能らしく、サボりますか」
最後の書類にはんこをおして、カレイドは金髪をなびかせる。
「さぁ、街の視察だよ。ジーク、僕の私服は用意できてるな?」
「ここに」
「さーて、今度こそシーザライズに会えたらいいけどなぁ」
ため息一つついて、カレイドは受話器を取り、ジークは書類を部屋の外の箱に詰め込む。
軍部の考えは分からないが、ろくなことではないだろう。
カレイドは人の名と特徴を覚えるのは得意だ。
ドアを開けば、いつもと同じく、白髪の学生服のような軍服を着た少年に迎えられる。
「いつ来たの?」
「いつも通りでして」
カレイドは軍人に聞かれたら立場が悪くなるものもあったが、当の彼は気にしない。
日常茶飯事なのをよく理解しているからだ。
「では、こちらが今日の書類です。確認は」
ジークの説明を、聞き飽きたとばかりに事務的な口調で遮った。
「持って帰ってからする。では国王陛下、よい一日を」
ひらひら手を振りながら、軽そうに重い書類の束を持って、彼は王宮の絨毯をゆっくり踏みしめる。
「年寄のくせにースフィアめー」
「まあまあカレイド落ち着きなさい。大人げない」
「うっ、ジークのことじゃないよ!」
「わかっていますとも」
いつもの会話に、ジークは今日も安堵した。
護衛一人で裏の使用人の使うドアから、私服――一般人の服でゆく。
空はまだ高く、カレイドは外の料理を楽しみに、ジークは久しぶりの外出に、祈る。
どうか、平穏な一日でありますように、と。
そして今日も、その祈りは大地に叶えられて。
「国王の無事を確認。はぁ。面倒だが、情報はしっかりいただかないとな」