第8話 拷問器具の『神』

「教会は、なんとかなったようだな」

 藍色に、散りばめられた光点たちを見上げ、足場の悪い屋根に二人の人影があった。

 ショートケーキから受け取った神々の遺産という腕輪を握りしめて、黒いフードの男は風に任せるまま、顔をさらした。

「いーのか? あの商店街の教会残しておいてさ」

 闇を吸い込んだ白髪に丸い目の少年は、中将――土色の髪と瞳はぎらぎらと開いていた。

「ああ、構わない。ただ、次は魔か人間か区別のつく人選をしよう」

 冷たく聞こえるが、少年――スピードスターと呼ばれる軍の汚れ仕事を主とし、上官に当たる相手の言葉の意味を悟る。

「僕には無理だよ?」

「通信課に任せよう。あそこは長いのが多いはずだ」

「まあ? 広報課よか死ぬことは低いっすしね」

 スピードスターは去っていく街灯に照らされた人々を眺めながら、口を開く。

「神に祈って、僕は魔になった。復讐は終えたから、死なないために軍人になったんだ」

「遊撃隊のような広報課に配属希望だったのは、そのためか?」

「いけませんでしたか?」

 中将は、簡単に町中を歩き回れるものではない。

 だが、決まっている。

 何事も例外というのがある。

「噂だし独り言、だけどさ」

 夜風はまだ冷たく。

「カーテンコール中将の死亡説があるんだって。別人のように変わったから」

「そうなのか」

「実はぼくにはバレても構わないと思ってるでしょう?」

 夜が隠す姿に、スピードスターは喉を鳴らす。

「いつかは、バレることだ。だが、言いふらせば、邪魔者は排除する。それだけだ」

 黙々と語る現カーテンコールに、スピードスターも背筋が凍った。

「あー、怖い怖い」

「自覚があるなら、注意しろ」

 去っていった傭兵たちを見下ろし、彼はこめかみに指を当てる。

「それに、クライスは暗部に似合わない。表の人間の不正暴きに回すほうがいいな」

「せっかくのベルドルードなのに?」

 隠された意味を理解して、コクリとカーテンコールは向いてない、と一言告げた。

「あいつは、妹を溺愛している。妹が来たほうがましなくらいだ」

「うげっ、いい切りますね」

 引くスピードスターに対し、カーテンコールはクライスのようなタイプの成れの果てを知っていた。

「国を口実に、本当は一人が無事ならいいという者は、ろくな末路を辿らないものだ」

 ただの軍人ならそれでもいいのだがな、と中将はフードを被り直す。

「火も問題なさそうだしな」

「だが、他の問題もある」

 良くも悪くも、とカーテンコールは苦虫を噛み潰した声を出す。

「戻るぞ。ショートケーキやクライスから、明日話を聞く」

「急がないんですね」

 案外驚かない部下に、笑みを浮かべた。

「魔全てが星座を呼ぶ気はないのだろう?」

「知りませんよそんなこと」

 スピードスターは、親を殺され、自身も一度死んでいる。

 故に、魔となった。が、殺人犯は皆彼の手で死体となり、スピードスターは今の待遇に不満もない。

「魔だから僕はここにいれた。それに、あの兄弟と関わるのは僕じゃないなら、文句もないさ」

「理解の早い部下を持つと、幸福だな」

 軽く目を細めて、カーテンコールは歩き出す。

「大事がなければよいがな……」

 でも、なんでもするんでしょ? と茶々入れる部下を置いて、中将は屋根を音なく走ったのだった。

 

 

 

 窓から差し込むのは、街灯のぽつぽつとした明かりだけになる頃。

「もう夜だし、今日は泊まっていくといいよ、みんな!」

 嬉々としてフォークはクライス兄妹やブロッサムに対して、声を上げた。

「どうしてかしら?」

「まあ、私たちは寮じゃないから、構わないのだけれども……」

「わたしは寝袋でいいけど、理由はあるのよね?」

 好奇心が顔を出した桃色の着物のブロッサムに、フォークはこくこく嬉しそうに頷いた。

「フォークさんから聞いた話だけど」

「あー、あの青いフードの人か」

「命の恩人なのです」

 そこに深い意味を込めて、フォークはとつとつと語る。

「どこか詳しいことはわからないけれど、北区の最奥に廃教会があるんだって」

 行ったことないけれど、とフォークは付け加える。

「そこで夜な夜な悲鳴がするとかしないとか」

「面白そうじゃない!」

 パンっと手を叩いて、ブロッサムが笑みを浮かべる。

「いや、あそこで軍人が数人行方不明になっている」

「クライスが言うなら、本当なのでしょうね」

 眉を下げるフォークに、クライスは慌ててその肩を抱く。

「大丈夫、なにかあっても守るから!」

「でも、夜家から出なければいいと思うけど」

 小首を傾げると、フォークは目を見開いたクライスに、そうだな、と告げた。

「ま、カレイド国王様やダリアウェイド大統領が無闇に外出するなと言ってるし、守ってりゃそのうち軍人が解決するさ」

「自分でするとは言わないのね」

 ほっと息を吐いたクレインは、電話借りて両親に話しするといい、フォークはそれで立ち上がる。

 それをクライスは、恨めしそうに見つめていた。

 

 

 

 北区の廃屋にも見える、見捨てられた教会を、一本の街灯が虚しく照らす。

 家々が沈黙する夜中に、数百キロメートル先、闇に溶ける姿の暗殺者はビルの屋根にいた。

 スコープから遠くの廃教会、その前で獲物を待つような大男の神父が見えた。

「『ああ、愛しき神の子らよ、なぜ世界を見ようとしない?』」

 狙撃銃を固定しながら、暗殺者――リアルは聖水の威力を上げる祝詞をつらつらと述べる。

「『理不尽な怒りは神々の特権。汝が背負うにはあまりにも重すぎる』」

 観測手のクルアが、辺りを見回しながら、平凡なレジーナの風景を見やる。

 星が綺麗に、この地に振り注いでいる。

「風もない。見晴らしも良好。しっかし、リタル、大丈夫か?」

「ええ。神々の遺産と聖水を込めた弾丸で仕留めます。あとはシーザライズが上手くやるでしょう」

 彼は死地をくぐり抜けてきた傭兵だ。

 その経験は、神――魔相手であっても、一体複数であれ生かされるだろう。

 そして、リタルは言葉を続ける。

「『ああ、天におわします女神は嘆きに涙が止まらない。なぜ、あなたはこんなにも怒りを秘めているのでしょう』」

 計器と勘で、リタルは教会の外にいる神父を狙う。

「『どうか、月の名を宿す我に、汝の安らぎを願わせておくれ』」

 そして、開戦の弾丸が放たれる。

 瞬間に、リタルと神父の視線が合う。

 数百メートルは離れていて、しかも、夜という時間だというのに、だ。

「クルアっ! 来ますっ!」

 狙撃銃を投げ捨てた暗殺者は、本来の武器を顕現させる。

「ちょっ、この位置と距離で来るか?」

「魔は不可能を可能にする存在だと、貴方が言ったのでしょう! 私が受け持ちます!」

 あの廃教会へ行く。

 リタルは、ビルから近くの屋根へと飛び移った。

 

 

 

 額を貫いた弾丸に、神父は歩いてきたシーザライズから目を逸らし、宙を歩くように飛んだ。

 昼とは違い、殺意に満ちた笑みを浮かべていた。

「ほぉ、一人で死にに来たと思ったんだがなぁ、じゃ、二人、任せたぜ?」

 瞬時、神父の大男はダンっと地面を蹴ると、屋根をへこませながら、その上を走った。

「あれは、狙撃の方角じゃねぇかっ!」

 舌打ちし、シーザライズはしかし、と疑問符を乗せる。

 脳を貫いた聖水が、効いていないということは、なにかトリックがあるに違いない、と――。

「らーららー、らららーららら」

 痴呆気味のシスターの声が、耳に入る。

 ぞわっと、産毛が総下立つ。

 理屈ではない。

 逃げないと死ぬ。

 その直感を信じて、後方に大きく飛ぶ――はずが、まるで重力に引き寄せられるように、シーザライズの身体は地面に伏していた。

「――!」

 見上げれば、それは断頭台だとわかった。

 首と手を木の板で固定され、高い位置に鋼の刃が街灯を受けて反射する。

 ギロチンにとらわれたと、シーザライズはシスターを見つめた。

 細い足が見える。

 少し変わり者のシスターは、動くことなくカツカツと歩いてくるもう一人のシスターの足音を聞く。

「『ああ――』」

 別のシスターの声が、雑音となって囚われの彼に届く。

 首と手首が枷にはめられた、ギロチン。処刑道具だ。

 記憶をゆっくり整理する。

 焦りは、不思議となかった。

 廃教会の仕組みを解析する。

 ――星の光は、惑星を貫通している。

 誰かの言葉が思い出された瞬間に、彼はすべてが一本の線に繋がり。

 理解した。

 

 

 

 魔女狩りの最後だったのは、少女だった。

 ろくに喋れず、けれども健康だった少女。

 しかし、その時代の人々は、彼女を忌み嫌った。

 断頭台、ギロチン。

 少女は、母親が好きだったそれに、毎朝、聖母に祈りを捧げるように手を合わせていた。

 気味が悪い。

 消えてほしい。

 次第に悪口すらなくなり、彼女を相手にする人間はいなくなった。

 彼女は一人、誰もが嫌うギロチンを愛していた。

 毎日、誰かの首と手が飛ぶ。

 血を浴び、生暖かいその熱さに生を感じていた。

 昔の価値観。

 忘れられた、人類の歴史だ。

「殺せ、殺せ!」

 合唱が響く。

 少女は、その村が野盗に乗っ取られてから、最後の被害者となった。

 恨みはない。

 後悔もない。

 ただ。ギロチンを通して、先にギロチンで逝った母の元へ行くのだと、感じて微笑んだ。

 人々は鼻白んだ。

 死ぬことを喜ぶ、少女に。

 それに応えるよう、ギロチンの刃は一直線に落ちて。

「『感謝しよう、最後の最後、破壊されるまで愛してくれた貴方へと』」

 

 

 

 シーザライズは、聖水で、ギロチンの刃を凍りつかせていた。

 それは刹那の、研ぎ澄まされたがゆえの判断だった。

「『我の役目はすでに果たした。祈りは天へ向けてほしいと願い続けた』」

「ちが、う……?」

「『黄金の稲穂に憧れ、血を吸っては程遠くなる愛に我は手を伸ばした』」

「――! そいつをさっさと殺しなさい!」

 別のシスターの声がしたが、シーザライズは無視した。

 何も手出ししないということは、助力できる手段がないのだろう。

 だから、傭兵は枷を無理矢理、爆薬を自ら拘束する木を爆発させた。

 ばんっと木製の上の仕切りが弾け飛び、肌は焼け、破片が少し刺さったが、この程度問題はないと、男は座り込む。

 一歩間違えれば、首の血管を裂くような博打を、彼は迷わなかった。

 歌っていたシスターは、見つめられてびくっと恐怖を目に宿した。

 だから、言葉は紡がれる。

 シーザライズの能力は、無から有を生み出すこと。

 そして、フォアの顕現を続けることで、ものを解析する能力が、不本意ながらも開花した。

「『星々の死よ、我と同じ死を扱うものよ。どうか解放しておくれ、永遠の連鎖を。汝がいたこと、この名にかけて忘れ得ぬと誓おう』」

 少女のシスターは、笑ってゆっくり歩き出す。

「次は、ワタシの番、なのね」

 それはひまわりのような笑みで、シーザライズは断頭台に手を触れる。

「人の姿がフェイクか。こっちの出し入れできるギロチンが、本体ってわけか」

 頷き、断頭台のシスターは大事そうに、ギロチンに指を絡めて、目を閉じる。

「やめなさいっ!」

 その行為の意味を悟ったシスターが動く前に。

「『さあ、数多の命を吸った宝石に。人の死から解放されよ、名もなき少女と共に、幸いの多き道へ、空が導くだろう』」

 立ち上がったシーザライズは恨みが晴れたシスターを見る。

 白い足が黄金色に染まる。

 もともと、彼女は怨念がなかったのだと、シーザライズは悟る。

「やっと、天国へ行けるぞ」

「ありがとうぅー」

 にこり、と少女は断頭台とともに、街灯が照らす中、金色の輝きに包まれて消えていった。

 シーザライズの心も、落ち着いていた。

「さて、次もあるんでな。早々に終わらせるとしようか」

「ええ、仲間を殺されて喜ぶ趣味はないのでね」

 もう一人の背の高いシスターを睨みつける。

「鋼鉄の処女、あなたの出番――」

「そうか、よっぽど血が好きだったんだな、お前たちは」

 それが後天的なものなのかはシーザライズにはわからない。

 でも、鋼鉄の処女――中に杭が詰まった拷問器具――処刑道具は、彼に向けられ迫ってくる。

 ぎぎぎと、中身が開かれる瞬間、シーザライズは背丈の高いシスターの腕を掴んだ。

「若者の血液がそんなに好きか?」

「なに、を――」

 まるで盾にするように、シーザライズはシスターを胸の前へと引っ張る。

「ギロチンと違って、鋼鉄の処女は血を吸う器具だ。そんなものを好んで使うなんて、ろくなもんじゃねえ」

「あ、はな、せぇっ!」

「俺はあいにく、優しくはないんでね」

 すっと彼は、流れる動作で、手の中に聖水を作り出し、シスターの手にぶっかけた。

「つ――あぁ、ああああああああああああああああああああああああぁあぁっ!」

「怨念と星を分かった。今までしてきたこと。その犠牲者の末路も自分で感じな」

 すうっと引導を渡す男は、息を吸って、哀れな女を見やる。

「『永遠の美を求めたる、罪人よ。その罰をも甘美な果物とした、哀れなる犠牲者よ』」

「いや、いやよ、こんな、こんな終わり方! 納得しない、できないっ!」

「『若き娘たち、若き息子たちを血染めの華とし、満足を得た美しきも棘多きもの』」

 シスターの手を離すと同時に、眼前にあった鋼鉄の処女へと彼女を押し込む。

「『流転する輪廻、それを否定し美を求めた杭に貫かれし少女へ、最大の鎮魂歌を贈ろう』」

「わだ、わだじぃの、じゃ、な」

「一緒に逝く甲斐性がなくてすまんな。俺、自分が一番な卑怯者だから」

 がらがらと、シスターの鋼鉄の処女が崩れていく。

「最初のが、シスター、あんたの本物さ。で、いま入ってるほうがそれを真似た俺の鋼鉄の処女」

「あ……が……」

「近隣が悲鳴が聞こえるって言ってたからな。ギロチンでも出るだろうが、こっちのほうが理想に近い」

 淡々と分析し、彼は血が滴ってきた鋼鉄の処女に、触れる。

「何人殺した? 血も肉も全部食ったんだろう? 軍人も一般人も関係なく。それに対する、罪は減らない」

 消えていく。

 彼の作った鋼鉄の処女は、その場で破壊する。

 赤い血濡れのシスターが、唇を噛み締めて、シーザライズを見上げる。

 赤い血に塗れた、しかしただのガラクタと化したそれに、最後の言葉を贈る。

「『あなたは、血がなくとも十分に美しかった。それは星座にときめく幼子の眼差しに負けぬものだ――』」

 悲しき名も知らぬ女性の絶叫に背を向け、シーザライズは空を見上げる。

 星空がまた、怨念を『神』へと変えるのだろう。

「ツキ。そしてフォーク。お前達の背負うものは、そういった命だ。俺は殺すことしか出来ないから」

 そして、シーザライズはガラクタを爆破して砂へと変える。

「あっちの援護に行くか……」

 近づく戦闘音に、シーザライズの顔は強張った。

 

 

 

「そんなもやしみたいなのが、聖水で眉間貫いてくれたのか」

 家の屋根を伝い、逃げていたリタルの下へ、神父は楽しげに笑った。

「なんだあれ?」

「映画の撮影?」

 廃教会への道を、リタル一人、鋼糸の隙間を面にする遺品の力を使いながら、魔と戦っていた。

「筋力馬鹿なんですねっ」

 あえて挑発し、リタルは襲ってきた神父の目を自分に向かわせる。

「近接戦闘は、苦手みたいだな、ねずみさん?」

 わざと乗るように、大男はリタルに罵声を浴びせる。

「そうですよ。ねずみに、穴あけられて嬉しかったでしょう?」

 並走する二人は、互いに笑みを浮かべた。

 挑発は無意味。

 足を止める気がないねずみなら、と神父はぱちんと指を鳴らす。

「がっ!」

 駆けつけてきた若い軍人一人の顔面を通りすがりに殴った。

「っああっ! 無関係でしょう!」

「こっちのほうが手っ取り早いと覚えたんでなっ!」

 遊びみたいに、他人の命を奪う。

 リタルは死んではいないが、脳へのダメージは相当だろうと判断し、足が緩まる。

「ほら、隙だ」

 神父は、コンマ零秒を見逃さなかった。

「くぅっ!」

 リタルは鋼糸の絶対防御を広く展開しかけ、かすかに薄く伸びた結界へ神父の野太い腕がそこを射抜く。

 腹を直撃しそうな速度の巨腕を、反射で動き、リタルは腰で受け、壁に叩きつけられた。

「腕、なまってんじゃね?」

「他人を人質にしてる貴方に言われたくありません」

 暗殺者の口の端から、体液が垂れる。

 下手な弾丸すら弾く、神々の遺産の結界が効いていない。

 それを咄嗟に理解するとともに、わざと一歩一歩近づいてくる死に、唾を飲み込んだ。

 リタルは暗殺者といっても、事故死に見せかけて殺してきた伝説を持つ。

 逆に言えば、王道の戦いでは、能力が落ちるのは自然なことだった。

「これでおしまい、なんていわねぇよな?」

 巨腕の男は、リタルの頭をかち割ろうと腕を高く上げる。

 動けない人間に、慈悲をかけるような神父ではなかった。

 血を愛する、魔の典型的な怨念の集合体。

「は、ぁあっ!」

 リタルは、生み出した鋼糸で、神父の腕を固定する。

 自身は神々の遺産の力でなんとか血反吐吐くほどの怪我に抑えたが、簡単に死ぬことはない。

 それが、幸か不幸か、リタルは粘れた。

「なら、盾になってもらおうか」

 神父の腕は鋼糸を大きく頭の後ろへ回した。

 咄嗟にリタルは、足でそれを止めようとするが引っ張られて男の眼前に立つはめになる。

 走るのを止めた男は、咄嗟に鋼糸を消し去ったリタルが、体勢を崩しながらも頭を下げる。

 彼の頭の上すれすれを、衝撃波が通り過ぎた。

「使える手は何でも使うさ」

 神父は愉悦に顔を歪ませて、暗殺者だけを見つめていた。

 後ろで物が破壊される音がし、リタルは神父の首めがけて鋼糸を放つ。

「直球過ぎんだよ!」

 それを手を握って受け止めた神父は、余裕に口の両端を吊り上げ――。

「弾けてくださいっ!」

 言葉を放った。

 鋼糸に見せかけた、別の遺品の力を発動させる。

 その音は、鼓膜に悪かった。

 リタルは無音で、通常なら頭を吹き飛ばす攻撃を神父に放っていた。

 だが、巨体は動かない。

 余裕綽々の男が油断している隙に、やってきていた味方の姿を見てバトンタッチした。

「頼みます、本命さん」

「おうっ! 三連戦でも、一番やりごたえがありそうだからな!」

 嬉々とした声音に、リタルは口元を抑えて無理やり後ろへ飛んだ。

 そこに、茶髪の青年がにっと笑って立ち上がる。

「なんだ? 死にたがりか?」

 神父は、沈黙がおりていく周囲に口元をへの字に曲げた。

「観客がいねえのは、残念だな」

「死人が出るのがそんなに好きか? くそがっ」

 シーザライズは顔色を変えると、きっと神父を睨みつけた。

「まあ、ここは廃教会の近くだ。最後なら、そこでやろうぜ?」

「そうだな……いや。その提案に乗る理由はないな」

 神父にとっては、どこで戦おうとも問題はない。

 それが、魔ゆえの本能でもあった。

 歯を見せ笑うさまは、シーザライズにとっても、久しぶりに全力を出せる相手だと見抜いた。

「ああ、さっきの男か。シスターたちは祓われたってんなら、こっちも全力でいかせてもらうぜ」

 神父は、リタルたちの血で赤黒く染まった身体を誇るように口元を緩める。

「死んでくれ」

「却下だ」

 さらっと言いきって、二人は同時に地を蹴る。

「はぁあっ!」

「おっと、リタル狙いはいただけないねっ!」

 シーザライズは水――聖水の壁を作った。

 神父は譲ることなく、その壁に触れても拳はなにもなかった。

「な――」

 驚愕するリタルだったが、シーザライズは心の中で呟いた。

「リタルっ! 廃教会に逃げろ!」

「生きていかせるかぁ!」

 神父はシーザライズの意図を瞬時に読み取っていた。

 リタルは味方の、それも魔についてはベテランの男が言うことに、従うのは自然だった。

 闇夜に隠れるように、リタルはシーザライズたちから離れて廃教会へ向かう。

 内臓が悲鳴を上げる中、リタルは屋根へ跳び上がる。

 俊敏な動きは神父に不安をかきあげさせていた。

「廃教会に行かれると困るのか?」

「――シスターたちを浄化したのは、てめぇか」

「さあな」

 シーザライズははぐらかすように肩をすくめると、廃教会へと移動しながら、神父と相対する。

 触れればダメージが深いのは分かっていた。

 ゆえに、シーザライズの行動は神父とまともに戦わないこと。

「ちっ、間合いの外からちまちまとっ!」

 苛立つ神父の男は、身軽なシーザライズの、聖水の氷を銃弾のように撃ち出す攻撃に舌打ちした。

 良くも悪くも、野次馬は近くにはいなかった。

「軍人が来るなぁ」

 面倒なことになる前に、とシーザライズは目を細める。

「一般の奴らが来るのは、後ろ暗いか?」

 神父は地を蹴ると、茶髪の傭兵へ拳を真っ直ぐ突き出す。

 聖水を凍らせた盾で神父の拳を受け止めつつ、シーザライズはステップで脳を働かせる。

「ああ、まあな」

 こんな戦いを見られたら、表の軍人に撃たれる可能性がある。

 事故死すれば、フォークたちに迷惑がかかる。

 それは、避けたかった。

「聖水の弾丸モロに受けて、効果なしってことは……」

 シーザライズは飴玉を転がすように、歌っていたシスターを思い返す。

「あの子と、同じか」

 ささやきは風に溶けて、そのまま廃教会へと戻ってきた。

 シーザライズは神父を気にせず、廃教会の庭へ走る。

「っ、気付いたなら、殺さねぇとなっ!」

 不敵に神父は笑いながらも、心は穏やかではなかった。

 あの男は、理屈はわからないが聖水を瞬時に作れる。

 異能力者なのは違いないが、そこいらのとは桁が違う。

「とにかく、殺す」

 視界に、シーザライズが嫌がるだろう影を見つけて、悪魔のように笑った。

 瞬時に大地を蹴ると、闇に紛れていたリタルの細い腕を掴む。

「っ――!」

 みしっと、骨が軋む音がした。

「隠れてたのか、暗殺者」

「暗殺の意味を辞書で引いてみてください」

 静かに、リタルは熱のこもった目で大男の神父を睨む。

 彼はそれに構わず、腕を折る勢いで彼を抱き上げた。

「な、にを」

「あの異能力者を釣る餌は必要だろう?」

 そうして、リタルの腕はあり得ない方向に砕かれた。

「おっ、悲鳴は上げねぇか」

「ひさ、しぶりですからね」

 ぽつりと呟いて、リタルは黒い目に力を込める。

「暗殺者も、拷問対策の訓練しますからね」

 といいつつも、脂汗が浮かんでいたのを、神父は見逃さない。

「それは、楽しみだ」

 口を笑みに変え、男は宇宙の星を見て、大股でシーザライズへ肉薄した。

 

 

 

「さてと。この辺か」

 庭に不自然な箇所があった。

 それを茶髪の青年、シーザライズは嗅ぎ取り、その蓋をはがす。

 暗闇でも、創造したライトを頭に乗せて、地下室があることを確かめる。

「ホコリと悪臭がすごいな」

 およそ、打ち捨てられたのだろうことはわかる。

「拷問器具の名残ばかりが残って広がってるなぁ」

 この国ってそんな歴史があったのか? とシーザライズは首を傾げた。

「流石に知らないな……紫ならわかるが、フォアがいたらわかるか?」

「へぇ、ここを知ってたのか」

 降ってきた声に、シーザライズははっと顔を上げた。

 暗闇に埋もれそうな青年――リタルをぶら下げて、にっと悪役の笑みを浮かべた。

「リタルっ!」

 シーザライズは手を向けるも、神父はにたっと笑って、手に持った暗殺者を穴へとぶん投げた。

 想定外の行動に、シーザライズの意識に穴が開く。

 その横顔に、拳が振り下ろされる。

 がその前に、薄明かりの中の庭からとっさに傭兵は穴へ入った。

「死ぬなよ、リタルっ!」

 例えレリアを売った男の護衛だとしても、フォークたちのために協力してる相手だ。

 子どもが悲しむ姿を、もう見たくはない。

 フォークやツキの姿が傭兵の脳裏に、着地とともに蘇る。

「は、ぁ……っ、痛い、ですね、ごほっ」

 床に横に倒れ、腕をかばう暗殺者は、いくつかの拷問器具に当たったのか、余裕のない声が響いた。

 シーザライズは、光を生み出す。

 丸い輝きは、隠された地下室の赤い血や黒い染みを照らし出していた。

「酷い、ば、しょですね」

「昔の処刑場だぜ?」

 リタルとシーザライズを分断するように立ち、大男の神父は笑った。

「もう、数百年前の話だがなっ」

 くくっと、おかしそうに男は語る。

「国王がおかしかった――いや、正常だった頃だな」

「数百年も、いき、てるのです、か?」

 黒髪の、鮮血を吐く青年に、神父はそれらしくない笑みで応える。

「そうさ。魔の中でも、ちと助けたいやつがいてな。わざわざ出張って来たわけだ」

「魔が、集まってるよな」

 シーザライズが、最悪の想像を口にした。

「まあな。でも、これから死ぬ奴らにゃ、無駄話だったな」

 神父はシーザライズに背を向ける。

「すまん、リタル。我慢して生きてくれ」

 シーザライズの死刑宣告は、淡々としていた。

 だから、リタルは動かない方の腕を握る。

「ふんっ、ここでも恨んで魔になるくらい、死んだ」

「そう、はぁ、ですね」

 リタルは、地面から大男を見上げる。

「彼を放置したのが敗因でしたね」

「悔し紛れの言い訳か?」

 神父の問いに、シーザライズを軽視した彼の愚かさをリタルは告げた。

 シーザライズこそ、本命なのはわかっていたはず。

 自らを血祭りにするか殺しておけば、シーザライズから助かっただろうが。

「水……っ!」

「そうです。一緒に、死にましょう」

 麻痺毒の針を神父に突き刺しながら、リタルは笑う。

 腕に忍ばせていた、聖水に浸してから麻痺毒を作っていた。

 それは、身体が動かせなくなる程度に強い薬の針だ。

 神父の足の布を貫通して、突き刺さっていた。

「このっ、死に損ないのくせにっ!」

 毒がまわり、聖水によって動きを制限された男は叫ぶ。

 せめて道連れに、と動かない体を無理して、暗殺者へ手を伸ばし――。

 彼は不意に、靴を浸し始めた聖水に、シーザライズを睨む。

「慢心したな、神父」

「生きてるはずがないっ!」

 形相を変えて、神父の大男は過去を回想する。

 人間だった頃の、記憶を。

 

 

 

 貧しい村だった。

 口減らしのため、親に奴隷として売られた。

 過酷な労働に、弱い体は悲鳴を上げていた。

 神を恨み、主を恨み、突如屋敷に入ってきた屈強な盗賊に、憧れた。

 ――そして、主が腹を滅多刺しにされ、他の奴隷たちも老若男女関係なく殺されて。

 羨ましかった。

 圧倒的な力があれば、と。

 星に願って死んだのが、間違いだったのか、それとも運命だったのか。

 身体が筋力を得て、男たちを拷問で殺し回れた。

 最後の一人――魔と呟いた男の話から、それを調べた。

 結局、屋敷を襲った盗賊と見間違えられて、村の連中は皆殺しにした。

 誰も、男を、奴隷のことなど覚えなかったのだ。

 それで許されることもなく。

 だが死ぬこともできないと知ったとき、同じ魔に出会った。

「――いつか、行く機会があるのなら、エルニーニャ大陸に行くといいよ!」

 と、優男の青年に言われ、女性の魔――シスター服を着ていたので彼女たちと、長い旅をした。

 魔が治める国に住んだ青年と会ってから、神父は数十年はかかる旅路を歩き出し、今、ここにいる。

「こん、な、ところで」

 ぎりっと歯を食いしばると、神父の視線は一つの拷問器具に向けられていた。

「それか」

 ぴちゃっとシーザライズは回想に無意識に向けていた、神父の本体に指を触れる。

 人を中に入れ、焼き尽くすファラリスの雄牛を、聖水で覆い尽くしてから凍らせた。

 神父は明らかに表情を変えた。

「物に、本体を、移せば――」

「魔の肉体の要素を物に移したのは、シスターで知ってたからな」

 シーザライズはため息をついて、首を振る。

「『虚しい生を歩んだ咎人よ、死すら安息にならなかった罪を背負いし者よ』」

 シーザライズは、祝詞を紡ぐ。

「『嘘に包まれし星に愛された夢は朽ちて、大地に落ちる』」

 ため息とともに、シーザライズは温度を下げていく。

 神父は麻痺毒が全身に回り、動くことができなかった。

 シーザライズは、彼に背を向け、ぱちんと指を鳴らす。

 パラパラと、何人もの人間を焼いた拷問器具が、粒子のように消えていく。

「『だが我は認めよう。失われる命にも、意味はあるのだ。記憶に刻みし我が天下に、星は恐れ羨み消えるのみ』」

 神父の姿が薄れゆく。

「もっと……情報集めるべき、だったなぁ……」

 リタルにだけ届いた最期の言葉に、彼は塵も残さず消え去った。

 最初から、誰もいなかったかのような静寂が、床を浸す水音のみになった。

「おわ、りましたね」

「とりあえずはな」

 シーザライズはリタルへ近づく。

 痛みに顔を歪める暗殺者は、苦い顔をしていた。

「ははっ、なまってますね、私」

「いや、物が本体だとは事前に知らなかったし、狙撃手狙うとは思わないだろ」

 立ち上がるリタルに手を貸して、シーザライズは穴を指を鳴らして梯子をかけた。

「便利ですね」

「皮肉か? フォアいないと暴走して死んでたらしい力だ」

 だらりとした腕を掴みながら、リタルは謝る。

「そういう意図はないのですが、すみません」

「あー、こっちが悪かった」

 シーザライズはリタルをひょいっとお姫様抱っこする。

「あ……」

「腕使えないんだろ? これがてっとり早くていい」

 さらっと凄いことをいいながら、彼は梯子を足だけで勢いよく駆け抜けた。

 空はまだ暗い。

「人気もない……わけじゃないか」

 周囲に、軍服を着た少年少女がいた。

 シーザライズは囲まれていることに舌打ちし、リタルを見下ろす。

「怪我人がいる。通せ」

「そうはいかない」

「ここでなにをしていた?」

 怒りに目をぎらつかせて、若い軍服の子どもらは問いかけてくる。

 シーザライズは頭をかきながら、無視して廃教会の屋根に飛び移る。

「行くとこがあるんだ、じゃーなー」

「待てっ! まだ話が」

 聞いてられない、というシーザライズは、軍人たちの戸惑う姿を無視し、屋根から屋根へと跳んでいく。

 追ってくる姿がないことを確認すると、静かに住宅街の道に降りる。

「腕、折れてるのか?」

「いえ、粉砕されてます、っ」

 激痛に耐えるように、リタルははぁ、とシーザライズを見上げる。

「闇医者になら心当たりがある」

「たの、みます」

 声ははっきりしているが、辛そうな声音だった。

「ちっ。神々の遺産で治らないのか?」

「貴方の創造のほうが、ましです」

「とにかく、どうなってるかは見ないと分からない。行くぞ」

 シーザライズは頭の中で地図を描きながら、商店街へと向かった。

 そして、路地裏にある酒場に、ノックを何度もした。

「いるか。フォアとシーザライズのコンビだ。緊急の患者がいる。入れてくれ」

「むにゃぁ。はいはーい。僕が必要ってことは、どんな患者だ?」

「片腕の骨が粉砕されてる可能性がある」

「シーザライズの力と合わせれば、簡単に治せるじゃん」

「だーかーらー来たんだろ、トンチンカン」

 シーザライズが不機嫌に告げると、ドアは開いた。

「酷いなー。僕一応国王の影武者なんだけどー? シーザライズ……って、X連れてくるなんて!」

 声が急激に弾み、医者はどうぞどうぞと二人を受け入れてドアを締めた。

「どんな奴の治療もするんだろ? 腕の傷切開するだけでいい」

「骨の再生しなよぉ? 骨の創造は人間には不可能というか、理解まではまたしてないしー」

「……フォアがいれば」

「彼ならまあうんなんとかできるかもね。預かってもいいよー?」

「いや、お前さぁ、前生きたまま患者解剖したろ」

 忘れてないぞとシーザライズは医者に睨みつける。

「あれはクローンだったんだよぉ。誰のかは知らないけどぉ」

「だからって、解剖はないだろうが。それより、こいつを診るぞ」

「はいはーい、金は後払いで。患部見ないと断言はできないけど、骨の再生、だからね?」

 胡散臭そうに見るシーザライズに対し、国王の影武者であり医者でもある彼は、真っ直ぐ奥のドアへ向かった。

「あ、先に電話かけるぞ!」

「どこに?」

「フォアが守りたくなった、相手の家だ」

 シーザライズはそう口にすると、匿名通話になる電話機を手に取った。

 

 

 

「シーザライズさんとリタルさん、今日は帰るの遅くなるって」

 受話器を置くと、茶髪にアホ毛を揺らしたフォークは、ブロッサムやクライス、クレインに告げた。

「誰?」

「傭兵ね。リタル……聞いたことある名前だけれども、どこだったか……」

「うーん? クレイン知ってる?」

「軍のデータベース調べればわかるかもしれないけれど、今は無理ね」

 はっきり言い切るクレインに、フォークはなんとなく、胸騒ぎがした。

「失礼しまーす」

 フォークには聞き慣れた声に、一同は視線を向ける。

 フードを被ったローブ姿の青年、フォアは首を傾げた。

「あれ? シーザライズいないの?」

 不思議そうに告げる彼に、フォークは胸騒ぎがして周囲を見渡す。

「うーん、シーザライズは依頼受けたって言ってたし……って知らない人がいっぱいいるけど誰ですか?」

 きょとんとするフォアに、フォークは電話を置いて説明する。

「ぼくらを助けてくれたブロッサムさんと、クライスくんは知ってるっけ。妹さんのクレインちゃんだよ」

 丁寧に手のひらで説明するフォークに対して、ブロッサムは目を丸くした。

「シーザライズの護衛対象……?」

「えっ、いやし、しーらなーいなー」

「それにリタルって言った? あ、の、リタル・モデラート?」

「あ、はい」

 鬼気迫る様子に、フォークはびくっと身体を震わせる。

「なんでリタルとシーザライズの組み合わせで帰りが遅くなるの?」

「へ?」

「そういえば、新聞で廃教会で行方不明事件が起きてたわね」

 びくっと、フォアは顔色を変える。

「ま、まあもう夜も遅いし、寝たほうがいい」

「いえ。わたしはリタルに会うわ」

「なぜ?」

 不意に、フォアはブロッサムと視線を合わせる。

「シーザライズとリタル、いえクルアが組むなんて、あり得ないもの」

 それ以上の理由がある? と妖艶に、着物の女性は笑う。

「それは、ぼくのせい。シーザライズと繋がってるからね」

「男娼?」

「性欲は互いにないよ。じゃーなくてっ!」

「あの、もう寝てもいいですか?」

「ぼくもー、クライスくんと同じで眠いー」

 ふぁあと、フォークは欠伸をした。

「ぼくが行きます。あの、フォークくんたちを頼みます」

「理由は? ここで彼らを殺すかもよ?」

 寝首をかくってね、とブロッサムは片目を閉じる。

「大丈夫。そんなことはしない」

「どうして、言いきれるの?」

「だって、君は恩を仇で返す人じゃないから」

 フォアが満面の笑みで告げると、ブロッサムは口を開いて――閉じた。

「あー、任せなさい。ただ、早く帰ってきて」

 頬を染めつつ、ブロッサムは後にクライスたちに質問攻めにあい。

 フォアはシーザライズとの縁を頼りに闇医者のほうへ家を出てすぐに向かった。

 

 

 

「腕、だめですね」

 黒髪黒目、黒ずくしの青年は、吐き気を堪えながら、手術台に横になっていた。

「綺麗に粉々だねぇ。もう使い――」

「まぁったあー!」

 ばんっと闇医者とリタル、そして唇を噛んでいた茶髪の青年の場所に、ローブ姿のフォアが乗り込んだ。

「ごめん、勝手にドア壊した!」

「は?」

「フォア!」

 路地裏にある闇医者の、その奥にある医療の施設は、一般の手術室と同じだ。

 軍の治療室なら粉々になった骨のかわりも用意できるだろうが。

「シーザライズ、リタルさんの骨めちゃくちゃになった腕に手をかざして!」

「おい、まさか骨を創造するのか! 雑菌が入る可能性があったり、少し間違えば細胞が拒絶する」

「シーザライズ、ぼくは世界で、人真似した魂だった。何度かぼくを通してリタルさんの傷は治してるよね」

「それ、は。あくまで切り傷や内臓の仕組み――まさか」

「人体構造を、シーザライズはもう記録されてる。ぼくや治癒を通してね」

 フォアの言うことは、細胞の再生だ。

「戻るの、ですか?」

「戻せるよ。信じて」

 あまりに力強く言う黒の瞳は、全てが元に戻せるという可能性が輝いていた。

「なら、シーザライズ、フォア、頼み、ます」

 腕はもう切開され、麻酔で痛みはなく、骨が粉として肉の中にあった。

「フォア、いいのか?」

「僕のせいにしないなら、ご自由に。お金は取るけどねぇ」

 伊達に闇医者と言う彼は、シーザライズに場所を譲る。

「ちょっと場所間違えたりしたら、致命的だからねぇ」

「人間の基本構造は知っている。シーザライズ、今から思念で骨の創造を行うから、力使って」

「いなく、ならんよな」

「ぼくは、シーザライズと一蓮托生だから」

 力強く頷くと、シーザライズの手のひらはリタルの腕の上に添えられる。

「イメージの共有。――ああ。理解した。リタルの骨は、最初から分かってたんだな」

 すっと、粉が風により一箇所に集められ、離れ離れになった腕の中に収まる。

 シーザライズは、骨の元の姿をイメージする。

 創造の力は、無傷な骨と粉砕された骨とをくっつけていき――。

「簡単なことだったんだな」

「腕つぶれてたらちょっと大変だったけどね」

 舌を出した相棒に、異能力者は流石、と称賛を送る。

「後は綺麗に肉切ったんだ。闇医者、出番だ」

「さっきの力でもとに戻せるんじゃね?」

「傷治すわけじゃねぇんだよ」

 はいはい、と言いながら、闇医者は慣れた手つきでリタルの腕を縫合していく。

「必要最小限でしたね」

「あんた、我慢強いのは悪いと言わんが、薬効きづらい体質なら、最初から言えよ」

 はっと、シーザライズは忘れていたことを思い出す。

「拷問よりマシでしたからね」

「絶叫したくらいで僕は困らないからねぇ」

「すまん……」

 シーザライズがバツが悪そうに謝罪を口にする。

 それを聞き、リタルは細目のまま、首を横に振った。

「役に立てなかった、報いです。これでは、しばらく私はガラクタですから」

「そんな言い方、ないよ!」

 フォアが、思考を切って叫んだ。

 その間にも、闇医者は丁寧に肉も皮も糸で縫合し、固定の道具でしっかり腕を縛り上げた。

「痛み止めいるか?」

「気休め程度です」

 ならいらんなぁと闇医者は、ビシッとフォアとシーザライズを見る。

「内臓にもだいぶダメージ受けてるからねぇ、リタル。しばらくはおかゆとかにしなよ?」

「治療しないのか?」

「睨むなよぉ、シーザライズ。中身見るなら解体になっちゃうぞ」

「遺産で何とかなると思うよ。というか、クルアのもの借りたら治療にならないの?」

 首を傾げたフォアに、リタルはあー、と目をそらす。

「まさか、それで解決した、のか?」

 震えるシーザライズの声に、リタルはえーと、と言葉を探している。

「フォア、できたんだな」

「医者に診せたほうがいろいろ安全だったよ」

 フォローを入れて、フォアはにっこりと闇医者を見る。

「連絡はしてきたから、もうじきくるよー」

「リタルっ!」

 クルアの髪が、声が揺れた。

「本当にすぐ来たな……」

「闇医者もびっくりなタイミング。ジャスト過ぎて引くわー」

 外野の羽音を無視し、クルアは変身の効果のある腕輪をすぐに外した。

「血に染まって……内臓かなりやられたのかっ!」

「人一人を素手で頭陥没させるほどの相手だったので」

 言いながら、黒くなった手でクルアの手をリタルは握る。

 そして、クルアが腕輪をはめると、リタルの身体がほんのりと白く輝く。

「なんだ、闇医者に診せるよりクルア待ったほうがよか……」

「変身でしょう? 怪我を治すこととは違うよ。多少は治るかもしれないけれどもー!」

 シーザライズに、フォアは眉を吊り上げて怒りを露わにする。

 それぞれを見て、こほん、と咳払いがした。

「はいはーい、狭いんだからシーザライズは金払え。リタルは今晩はうちで寝てれ」

「闇医者、いいのか?」

「壊したドアは直せよ、シーザライズ」

 闇医者はにやっと笑みを浮かべると、にっこりと微笑む。

「今回は、かなりふんだくれるからな!」

「最低だー! でも助けられたのは事実だしな。くそっ」

 舌打ちし、傭兵はローブ姿の青年とともにドアを直して外へ出ていくのだった。

 

 

 

「さて、と。ルナ。咲く者として、恩を、いえ、魔を調べ上げてきたわよ」

 フォークの家の居間で、ブロッサムは懐からたくさんの紙束を出した。

「自分の子が青の宿命かもしれないっていうから、年月かけて調べたわ」

 四人の写った写真立てを見て、くすりと笑みが浮かぶ。

「ほんっとに、主婦だったのね」

 穏やかな雰囲気の女性を見て、ブロッサムは髪をかき上げてくすくす笑う。

「現レジーナでは、軍国家だけど王宮にも魔が入りこんでるみたい」

 トントン、と紙の束を叩く。

「特に、たちの悪いのが黄金。国王たちに取り入ってる貴族に嫁いだ女よ」

 ぎらりとブロッサムの顔つきが変わる。

「しばらくは、黄金を叩くために、この国にいてあげるわ――」

 寝付いた子供らの部屋に繋がる階段を見上げて、ブロッサムは不敵に笑うのだった――。



第7話へ
公開日2026年2月8日

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