第2話 異世界の魂

「さて、これからどうしようかね」

 血塗れた少年を傍らに置き、フードを被った青年、フォアは夜空を見上げた。

 街灯もない真っ暗な宇宙に、幾億もの光がこの地へ差し込んでいる。

「……満足、してくれたのかな」

 宇宙の星々は、たまに恨みや死にぞこないの遺体を、神や魔と呼ばれる存在として蘇らせるのだ。

 それは東の小国で、細々と伝わるもの。

 そして、現実にまれに起こることだった。

 でも、フォークは静かに、人として息を引き取った。

 それが普通なのだ。星の呪いに、食い殺される者は悲しくも少なくはない。

「人として、終われてよかったよ」

 込み上げてくるものを振り切るように、フォアは立ち上がる。

 聞こえてくる足音を避けるように。

「とりあえず、この子を救うには、もっと前の時間にさかのぼる必要があるかな」

 地面から手の上に移して置いた、不思議な置物の頭をなでながら、フォアは目を閉じる。

「この世界での活動は少々辛い。協力者が必要だ」

 なに、やってみせるさ、とフォアは置物であった相棒に笑いかける。

「決めたことだからね。やっぱり無理でした、はなしでいくよ」

 不安そうな相棒にフォアは、だんだん大きくなってくるざくざくとした、草を踏む足音を耳にした。

「さ、そろそろ行こうか」

 音にした瞬間、最初から誰もいなかったように、そこからフォアと置物の姿が消えた。

 まるで、魔法使いが使いそうな瞬間移動のように。

 そのあとで、フォークの遺体を見つけた軍人たちが足音とともに止まった。

「ここにいました、<ネームレス>」

 そう呼ばれた若き青年は、ぐるりとねめつけるように辺りを見渡した。

 血の匂いに紛れて、なにか、異質な気配を彼は感じたから。

「……いま、誰か他にいなかったか?」

「え?」

「いや、いい」

 集まった軍人は、加害者であるフォーク・キルストゥの姿を確認する。

 その泣きそうな死に顔に、ネームレスと呼ばれた青年は、フォークの亡骸を優しく抱き上げて。

 宇宙を、見上げて心の中で黙祷した。

 時は戻って、二十五年ほど前の、エルニーニャ王国ではない場所に、フォアは来ていた。

「くそ、くそ」

 フォーク・キルストゥの住む大陸の、さらに東側に位置する東の小国イストラ。

 そこの小さな島国で、王族殺し、としてレリア・キルストゥが処刑された広場があった。

 そこから隠れるようにある塔で、月明りに背を預けた青年がいた。

 年端もいかぬ茶髪の少女の処刑は、王族の殺害が理由だった。

 そして、少女が行う理由は、両親の殺害が彼らのせいだったからだ。

 青年が――。

「なにが、彼女を助けるために協力する、だ。くそ、くそくそくそくそ」

 がんっと、拳を固い塔の壁に当てる。

 拳から血が流れ落ちようとも、やめる気は微塵もなかった。

 そんなことをしても、もう取り返しのつかないことになっているというのに。

「悪いのは国だっ! くそ、あいつが国と繋がってたなんて知らずに、なんで俺は信じちまったんだ!」

 激昂しても、反響しか返ってこず。

 青年は、レリアの死をここから遠くにある処刑場、そこに乗り込むこともできず、眺めることしかできなかった。

「くそ、この能力をもっとうまく使えたら……そもそも、レリアは死なずに済んだんだ」

「キルストゥの唆された少女のこと?」

「そうだ……さっき、見ただろ?」

「彼女、あの少年に似てたね」

 ぽつり、とつぶやいたのは、青い夕闇一歩手前のような色のフードを被った青年だった。

 声から年は若いと判断した。

 が、人にしては、なんとも形容しがたい異質な雰囲気をまとっていた。

「お前、何の用だ」

 気配がなかったことにようやく頭が回って、青年はフードの彼を見定めるように見つめた。

「警戒しなくていいよ。ただ、王族に家族を殺されたと思い込んでいた彼女と、それを信じた君」

「なんだと? 今なんて言った?」

 思わず怒鳴り、青年、シーザライズはフードの青年、フォアへ掴み掛った。

「思い込んでいた、だと? レリアの家族は王族に殺されたんだ」

 それは本人が直接彼に伝えた言葉だった。

 家に帰ってきたら、両親が死んでいた。

 そして、偶然友達として遊びにきた女性が、逃げていったのは王族の裏の顔の人物だったのだ、と囁いていたのだ、とも。

 しかし、フードの青年は首を横に振った。

「王族が、キルストゥを殺すわけがない。国を守る守護者の一族なんだから」

「っ、でも事実、殺した」

「見たの、レリアは? 唆した女も、現場で犯人が王族だと断定できることがあった?」

 フォアは、鋭い瞳でシーザライズの目を射抜く。

「女のことは、レリアが言っていた……」

 そこで、唆した女、という言葉に棘を覚えた。

 シーザライズは、眉をひそめてフォアを見る。

「何者だ? あのくそ情報屋でさえ知らなかったのに、まるで見てきたように言う」

 シーザライズは警戒の色を濃くした。

「だから、警戒しなくていいってば。この世界の外から来た旅人だから、世界を俯瞰して見えただけのこと」

「……はぁ?」

 頭がおかしいやつか?

 シーザライズの顔にはそうはっきりと書いてあった。

 フォアは当たらずも遠からず、と苦笑する。

「どう捉えてもらってもいいけど、君の敵ではないことは保証するよ」

「証拠は?」

「未来のレリアを生まないために」

 よどみのない言葉に、シーザライズは手を放した。

「わけのわからないことばかり言うな、お前は」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 褒めてない、とにらみつけるも、フォアは平然とした面持ちでシーザライズを見つめた。

「君の能力を、ぼくに使ってほしくて来たんだ」

「はぁ? ――それ、誰から聞いた?」

 レリアに殺された王族の鍛錬し、仲良くなった同僚や、その能力ゆえに彼を忌み嫌った両親以外には、誰にも見せたこともない異能力。

 物質を自在に出現させ、操る。もっと力がつけば、どんなことでもできるようになるだろうとも言われた。

 どこぞには遺伝で癒し手の能力者やらがいるらしいが、シーザライズは突然変異で手にした力だった。

 子供のころからそれを使い、歳を重ねるごとに力が増大し、誇るシーザライズを見た両親がそれゆえに彼を忌み嫌い、シーザライズを若くして軍へ送った。

 だが、軍でもはぐれものだった。

 うまく制御できない異能力は、制御が上手く行かずに人を傷つけることも多かった。

 それを見かねた同僚だった王族の――身分より傷つく人を助けたいと言った友人が、特訓に付き合ってくれた。

 その彼が、ある新月の夜、毎日のように特訓で練兵場で二人きりのとき、レリアに一撃でナイフ一本で頸動脈を斬られて絶命するまで。

 そのレリアは、シーザライズには指一本触れなかった。

 代わりに、シーザライズこそが少女のレリアに手を伸ばし、共にいると決めた。

 シーザライズは、レリアの手際に惚れたのだ。

 そしていつか、死を覚悟している彼女が心配だったこともある。

 手続きもせず、荷物をまとめて怪訝だったレリアを手伝った。

 話をするうちに、レリアの強さは殺意と、この小国に伝わるキルストゥの赤の宿命を背負った異能力のためだと知った。

 シーザライズは互いに同じ能力持ち同士、支え合って生きていくと決めていた。

 いつか、彼の能力は肥大化しすぎて自身を殺す。

 それを、実感していたのもあった。

 そしてその頃のレリアは、暗い茶色の瞳で、王族を皆殺しにすると呟いていた。

 すべてを奪った、キルストゥの王族を。

 赤の宿命も、青の宿命も殺した。その後の候補者たちも、王族も殺してきた。

 でも、引っかかることがある、とある晩、火をたきながらシーザライズにもたれかかって、呟いた。

 王族と、遊んだことがあった、と。

 満月の、明るい夜のことだった。

 レリアは、シーザライズだけは味方だと、ずっと、死ぬまで信じ。

 彼と最期までいられなかったのも、人を殺してきた自分にとって最大の罰だとも、理解して、亡くなった。

「ずっと見ていたけれども、干渉は無理だった」

「――っ」

 シーザライズは怖気が全身を這う。

 フォアは笑顔だったが、気味が悪いと思ってしまっていた。

「千里眼でも持ってるのか?」

「それで理解してくれるなら、そういうことでいいよ」

「……俺は、なにもできないぞ」

「そんなことはない。何もできなかったのを悔やんでいるのは、知っている」

 でもね、とフォアは真っ直ぐシーザライズの目を射抜く。

 彼はその目がレリアの期待する眼と同じ類だとわかってしまった。

「できない……もう、放っておいてくれ」

「それはこっちもできない相談だよ」

 フォアの顔は、こわばっていた。

「こっちもフォーク・キルストゥを助けないといけない。約束したんだ」

「――え?」

「未来のレリア。いや、見たときは瓜二つで双子かと思ってびっくりさせられたよ」

「お前、未来から来たのか?」

 シーザライズの口から洩れた言葉に、フォアは首を横に振った。

 月の光が、二人の男をゆっくりと繋がらせ始める。

「無理だよ。この世界は完全に近く、しかも神という存在が守護している。世界の始まりから終わりまで見ることはできても、世界の魂たるぼくでも簡単に世界に干渉はできないんだ」

「でも、今こうして話をしてるじゃねえかっ!」

「少しだけならね。でも、こうしてるのも限界に近い。だから、君の能力を借りたいんだ」

「借りる? 生まれついた能力を、貸せるわけがないだろ」

 違う違う、とフォアは使うのさ、と目を丸くする青年へ告げた。

「物質を操る力なら、ぼくを維持できるはず。やってみなくちゃわからないところはあるけれどね」

「それに、俺に得があるか?」

「またレリアの惨状を、キルストゥの惨劇を繰り返したいのかい?」

 言われて、シーザライズは目を伏せる。

「そんなこと」

「認めたくないだろ? 自分のせいで人が死ぬなんて」

「っ!」

 フォアの言葉は、シーザライズの胸を的確に打ち抜いていた。

「君はこのまま一人、何もできずに死んでいく。能力は肥大化して制御できなくなって、暴発して」

「それが、俺の未来なのか」

「ぼくが干渉すれば、変わる程度の未来だけどね」

 未来を知っているのは本当だと、シーザライズは考える局面に来ていた。

 段々制御が難しくなってきているのは、事実だったからだ。

 レリアを処刑場から助け出したくとも、異能力が暴走し、多数の怪我人や最悪死者を出す――己も含めて――恐れがあったから、というのも彼にはあったのだ。

 しかし、藍色のフードのフォアは、口元に強い意思をたたえている。

「……本当に、変えられるのか?」

 そりゃあね、とフォアは笑顔を浮かべた。

「そのためにはやらなきゃならないことがたくさんあるんだけど、とりあえず、そろそろぼくの仮初の肉体が存在できる限界が来ている」

 だから、とフォアは続ける。

「この姿を人間の身体として、その能力で支えてほしいんだ。手ほどきはしてあげる。だから、成功するイメージを持ってくれればそれでいい。心配しないで」

「上手くいくかわからない。もう、他人を殺すのは」

 渋るシーザライズに、フォアはますます笑みを深くする。

「人間じゃないから、そこは気にしないで。その弱気が君の力を、より暴発させる欠点になってるんだ」

 フォアの一言に、シーザライズは亡き友人の姿が一瞬重なった。

 その言葉を知っていたから。覚えていたから。刻んでいたから。

『弱気なのが欠点だ、シーザライズ』

 もう話もできないと思っていた、王族の同僚であり友人の声が。

 その力を役立ててほしいと願っていた、青年の言葉が。

「大丈夫、今度はうまくいく。イメージを持って」

「――ああ」

 シーザライズは一歩、フォアから距離を置く。

 かすかに、月光が体をゆっくりとすり抜けていた。

 もし、フォアの言うことが本当だったのだとしたら。

 真実を知らないといけないのかもしれない。

 それが、レリアという少女を死地へ追いやった、自身の責任なんだと。

「具現……せよ」

 シーザライズとフォアは感じる。

 シーザライズは、異能力がフォアの存在に、まるで粘土を固めるように人という存在へ変化させていっていることを。

 それによって、ずっと能力が糸のようにフォアと己を繋いでいることも。

 驚きに目を開かずにはいられなかった。

 そしてフォアは人間としての実感を受けることを。

 生まれることの意味を。

 それがたとえ、ささやかな時間の中だとしても、目的がある。

 思えば、フォアは人間であったフォファーという元の世界での依代の中で、人間を感じていた。

 世界として無限の生を理解してきたが、体験することは初めてであった。

 もともとは、世界の外へ飛び出したフォファ―を探しに来たのだが。

 あちらこちらと立ち寄った世界で、様々な経験をした。

 でも、こうして完全に近い世界で具現することは、初めてで。

「不安がないわけじゃない。このまま、意識して」

 不安げなシーザライズから伸ばされた手を取り、握る。

 フォアは感じ取る。形が、世界が受け入れられていく。

 まるで乾いた砂に水が注がれて泥になるように、フォアは実体を、肉体を得た。

「うん、こうして味わうと、君の能力は、無限みたいだね」

「無限?」

「うん。制御できないのは、例えるなら地球に空いた穴が、広がっていく――でも地球は元々が大きすぎるから、人間には扱えなくて、中から吹き出し力を操りきれなくて暴走する」

 シーザライズには例えがわからなかったので、とりあえず首を縦に振る。

「だからシーザライズ、その穴にぼく、フォアという存在の土を入れていく――増えていく穴を塞ぐようにね」

「よく意味がわからないんだが……」

「ぼくがシーザライズの力の半分を受け取ったというのに、まだまだ力を感じる。まあ、君から離れすぎると世界から追い出されちゃいそうだけど」

「え、離れると消えるのか?」

「うん。でも、君が気にすることじゃないよ」

 フォアはいつものように物質としての肉体を手にしたが、それがあくまでシーザライズの能力を経由しての仮初でしかない。

「いつもと勝手が違うから、君と一緒に行動するよ」

「あれ、世界を見られるとか言ってなかったか?」

「こうして人間になった今は、それは無理になったみたい。懐かしいね」

「人間になった? 本当なんだな?」

「物質化したからね。でもこれは君の能力が届く範囲だけなんだ。君と離れすぎたらきっと人間としての現界はできないと思う」

「どのくらい離れたら困るんだ?」

 シーザライズが、呆れたように言葉を紡いだ。

 フォアは小首を傾げて、ゆっくりと能力の繋がりを意識する。

「うーん、百キロくらい?」

「……長いのか短いのか、わからない距離だな」

「けっこう近い距離だと思うけれども、さ。ところで」

 フォアは改まって、シーザライズの顔を見た。

 そして、ありがとう、と感謝の意を込めて頭を下げた。

「えっ! どうした!」

「うわ、信じてくれてうれしいのに、水を差すの?」

「う……えっと、その」

「およよ、ぼくは寂しい」

「元気いっぱいみたいだから無視したい」

「あ、ひどい」

「とりあえず、これからもよろしくな。えっと」

「フォアと呼んで。シーザライズ」

「裏切ったり、しないでくれよ」

「フォークくんとの約束があるからね。情報屋さんたちとはぼくは違うよ」

「だといいが」

 笑みに喜びの色を見て、フォアは彼が本当は人懐っこい人間なんだな、とぼんやり思った。

「シーザライズ」

「……情報屋、クルアか」

 フォアの背後で、金髪の男と、まるで夢を見るように目を細めた黒ずくめの男が立っていた。

「レリアの件、すまなかったと思ってる」

 すっと、フォアがシーザライズとクルアの間から離れた。

 クルアが国へ、逃げ隠れしていたレリアの居場所を伝えなければ、こんなことにはならなかった。

「間違ったことをしたとは思っていない。でも……キルストゥの弾圧――賞金首化なんて、望んでいない」

「今更、本当だか」

 シーザライズは吐き捨てるが、クルアという青年はしゃらんと腕輪を鳴らした。

「貴族の中に、キルストゥを快く思ってない人がいる」

 淡々と、フォアが横から肯定するように呟いた。

「フォア」

 シーザライズが斜めに立つ、フードの青年を見やる。

 冷淡な瞳が、くいっと広場へ向けられていた。

 もう人気のない、処刑場を。

「フォア? 誰だ」

 クルアは警戒しているのか、自らの腕輪に触れていた。

「敵意はないと思いますよ、クルア」

「そうか? リタル、お前こそ危機感持ってくれ。初めて見る男だ」

「大丈夫です。シーザライズさんの、新しい相棒と見受けられますから」

「その通り。お二人はいろいろ便利な『神々の遺品』を持っているね。ぼくは彼、シーザライズの味方のフォア」

「初めて聞く名だな。王族について、詳しいのか?」

 クルアが警戒心をあらわにして呟く。

「ううん、違うけど、彼らが――まあ、一部だけど、なにを思ってキルストゥの弾圧をしでかしたかはわかってる」

 それは、この場の全員なら理解してるでしょう? というフォアの目が語っていた。

「レリアは両親を、王族が殺したとか言ってたな」

 フォアは首を縦に振った。

「聞いてたんだね。じゃあ、誰が悪いかはわかるんじゃないかな」

「待ってくれ。それじゃあ――」

 シーザライズは失意に打ちひしがれていた感情が、塗り替わっていく。

 最初から聞いていたわけではないクルアのほうは完全にはついていけないものの、彼は人差し指を立てて、告げる。

「王がいなくなった後、貴族たちが国を取り仕切る。王がいないことで得をした貴族たちが、キルストゥをも邪魔に思った」

「キルストゥを追い出すために動いた者がいたんですね」

 黒髪に細目の男が不意に言葉を出した。

「彼らは魔を払い、国や民の安寧を支えるもの。クルア、私たちの行動は、間違っていたのでしょう」

「そうみたいだな……リタル」

「あっさり認めるんだね」

 クルアとリタルの二人は、顔を見合わせて、苦笑した。

「キルストゥに恨みを持った人物。それは、どう考えても人間じゃない」

「あ……いや、でも魔にそんな考えができる存在がいるのでしょうか?」

 リタルが不安げに問いかけをした。

「神様だっている世界だからなあ。それに魔は元は人間だ。そそのかす者が出てもおかしくねえな」

 それに、と短髪の月みたいな髪色のクルアは、指を立てて言った。

「キルストゥが無能だから、こんなことになったんじゃねえか?」

 クルアはそうため息をつくものの、フォアはそうとは限らないよ、と援護した。

「他国の存在が、こちらにきたならそういうこともある。キルストゥはあくまでこの国を支えるもの。他国ではそういう存在はあまりいないみたいだ」

「つまり、レリアは」

「はめられたんですね」

 黒ずくめのリタルの言葉に、フォアは首を縦に振った。

「唆した女――彼女が、魔だった。しかし子供のレリアにはわからなかった」

「というか、国を支えるための存在でもあるキルストゥが、ふつうに一般人として暮らしてるのが問題だっつーの」

 クルアが吐き捨てる。

「それはいろいろ大人の事情があったんでしょう」

 言いながら、フォアは納得するように首を縦に振った。

「さて、クルア。どうします?」

「キルストゥが誰もいなくなると、魔を払う者がいなくなる」

「最悪、戦争が起こるよ。魔――神とも言えるような者たちが仕組む、人同士のね」

 さらっとフォアが言うと、三人の視線を集めていた。

「あれ、ぼくなんか変なこと言った?」

「戦争って、魔と関係があるのか?」

「戦争っていうのは間違いだったかも。内戦、というのかな。キルストゥは国民相手にゲリラ戦を仕掛けるかもしれない」

「おい、そんなこと聞いてないぞ」

 シーザライズが叫ぶと、クルアも懐疑的だった。

「……本当に、そんなことが起こるのか?」

 だが、黒ずくめのりタルだけは、納得していた。

「ありえない未来ではないですね。そもそも、この国は有望な子供をさらって暗殺者に仕立て上げるような一面を持っていますから」

「まあ、リタルが言うと説得力あるよな」

 クルアは黒ずくめの青年であり相棒を見て頷いた。

 実際に暗殺者としてさらわれた少年は、実家を夢見て組織と対立し、神――魔が滅ぶと生まれる遺品ともいえる能力をもつ腕輪。

 それを満遍なく腕輪として身につけている情報屋のクルアを味方にし、組織と距離を置くことに成功した。そんな、数少ない逃亡者の言は、信じられる言葉だった。

「つまるところ、キルストゥを根絶やしにしたい魔と組んだ貴族と、キルストゥたちとの戦争が内戦になるって話だよな」

「それ、やばいだろ」

 軍隊は当然もっている国とはいえ、キルストゥは小さな一国の一族である。

「規模が違いすぎないか?――ああ、だから少数精鋭か」

「王族がほとんど根絶やしにされているから、停戦の希望もほとんどないんだよね」

「フォア、それじゃあ、戦争は避けられないのか?」

 彼は首を横に振った。

「防ぐ方法ならある。簡単だよ、ね。知ってるんでしょう?」

「生きている王族がいますね。行方不明になった王子だと聞いています」

 リタルは告げると、フォアはそうそうと首を振った。

「彼がキルストゥと好意的なことが条件だけど、ぼくが世界の外から見た限りだと、レリアと親しかったみたいだから、殺されてはいないはずだ」

「本当か?」

 それは、大きな希望の火だった。

「遊び友達だったみたいだよ? それに彼は、レリアに殺される前に王や側近によって逃がされている」

「……唯一助かった、というわけか」

「ほかに生き残った王族も、キルストゥとは仲が良いから、ぼくたちが喧嘩を仕掛けるなら、魔と手を組んでる貴族たちが一番の有力候補だ」

「そいつらのせいで、キルストゥが賞金首にされたのか……名前だけで……」

 シーザライズが青筋を立てて吐き捨てる。

「彼らが国を支えてる面もあるんだ。そういうな、シーザライズ」

「へんっ、どうだか」

「クルア、これからどうします? 私としては、戦争回避のために手を回す道を歩んでほしいですが」

「農業をやるためだろ? わかってる」

 クルアとリタルのペアは、そうして結論を出した。

「シーザライズもそうしてよ」

「いや、例の少年とかいったか、助けるんじゃないのか?」

「まだ生まれてないものは、助けようがないよ。それに、生まれるように歴史を変えてかないとならないし」

 でも、彼らが生まれてない世界は滅多になかった、とフォアはシーザライズを見上げて告げる。

「なんか、壮大な話をしてるんだな、お前ら」

「フォアは世界なんだと」

「さっき聞いたから、理解はしたいつもりだ。……信じがたいが、神がいる世界、魔もいて異世界の存在がいてもおかしいとは思わないよ」

「嘘をつく必要も、あなたからは感じられませんしね」

「てへへ」

「フォアは誰に似たんだ?」

「フォファ―だよ」

「誰だよそれ」

「とにかく」

 こほん、と一息入れるように、クルアが咳払いした。

 それを見て、三人は金髪の彼を見つめる。

「この国で、戦争――内戦をさせない。それでいいんだな?」

「だいぶ時間はかかるだろうけれど、とりあえず、今はそれしかないよ」

「レリアのような被害者は出さない」

 シーザライズは口にすると、それは確かな決意があった。

「農業」

「リタルはいい、それでいいから」

 ふと、フォアがリタルを見て口を開く。

「農業好きなんだ」

「ええ。実家が農家でして。作物を育てて特に大陸中央から」

「あー、その話はあとだあと。長くなるから」

「クルア、せっかく聞いてくださる方がいるのに話をしないのは失礼です」

 真剣すぎる言葉に、フォアとシーザライズは苦笑した。

 これが暗殺者のいうことなのか、と疑問と現実のギャップを感じた。

「リタルも農家系の話になると途端に専門家風になるのやめろ、聞いてるこっちが恥ずかしくなる」

「クルア、あなた全然私のことわかってないですね」

 そしてなんやかんやで。

 レリアが関わった四人は、これを機に、長い時間をかけて親睦を深めていく。

 それがこの小国の運命を変える鍵でもあったと知るのは、数十年後の話――。


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公開日2025年5月17日

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