第5話 ツキの決意

「軍人なんてね、ろくなもんじゃないのよ」

 いつの日か、母さんが話していたことを思い出す。

 それは、なかなか仕事が続かないオレが軍にでも入ろうか、悩んでいるときのことだった。

「いい? 傭兵やってた身で言うのもあれだけど、誰かを守るため、なんて言いながらも暴力振るうことを正当化してる時点で、人として壊れてるの」

「壊れてる?」

「ツキは、拳銃渡されて、嫌いな人をそれで撃てる?」

 母さんは指で銃の形をつくり、オレに向ける。

「いい? 国を守るために、人を殺すのが平気にできるのは、頭のネジがどこか飛んでるのよ。どんなに平凡ですって顔しててもね」

「母さんは、そういう経験をしてきたの?」

「そうよ。傭兵なんてね、屑よ。人を金のために殺せるなんて、まともな人間のやることじゃないしね」

「でも母さんは、確かにちょっと変だけど、ずっとやってきてたんだろ?」

 どうして、やめようと思ったのか。

「今やめたのは、なんで?」

「あー、うん、続けてたのは、それしか能がなかったの。馬鹿よね、普通の日常を送れるなんて、お父さんに出会うまで、そんなことも気付かないんだから」

 そう言って、母さんはテーブルをとんとん、とつついた。

「弱い人間を守る。それは格好いいわ。表面上はね。でもやることは自己満足なのよ」

「自己満足? 自分より、弱い人を助けることは、いいことだろ?」

「ええ、世間体ではいいことよ。そのために、強者でいなければならない。いつづなければならい。勝利し続けなければならない。負けてはいけない。まだだ、まだだと英雄のように駆け抜けなければならない」

 くそったれ、と母さんの顔には書いてあった。

「強者は、弱者がいて初めて成り立つの。だから、弱者を作り出している社会構造が必要なわけ」

「……母さんは、それが気に入らない、と?」

「お父さんと出会ってね、やっと気付いたこと。弱いものいじめだったからねぇあれ」

 父さんは、母さんに助けられたと言っていたっけ。

「チンピラなんて殺す価値もなかったから、のしただけにしたけれど。撃鉄引くような相手でもないし」

 内容の真偽はわからないが、オレは飲みかけのコーヒーを置いた。

 軍人国家では、そのような話は日常茶飯事だ。

「母さんは、厳しいな」

「甘い絵空事みたいなこと言ってたら、傭兵なんてやってらんないわ」

 そして、自らを見下しながら、母さんはオレの目を見ていた。

「いい? 軍人にはなるな。ここが軍事国家でも、ツキには似合わない」

「だから、普通の学校に行かせるのか?」

「友達もいるんでしょう? 軍人ってのはね、国のために死ぬ、使い捨ての駒みたいなもんなのよ。今は平穏でも、その裏では何人死んでるかわからない」

 実感のある、苦々しい色がブラウンの瞳に混じった。

 だから、ツキも察した。それが、実際の出来事だったのだ、と。

「母さん……」

「あ、これは傭兵として生きるとよくあることよ。まあ、キルストゥの力も似たようなもんかもしれないけど」

 空のマグカップを片手に、母さんはオレにアイコンタクトでコーヒー飲むか? と勧めてくる。

 繰り返す話。昼の鳥たちの声がうるさく響く、平穏な毎日だった。

「オレ、死にたくないな」

「なら、就職活動は軍人以外にしてね」

 あと傭兵も、と付け加えることも忘れない。

 その時の母さんの笑顔の裏は、気付かなかった。

 そんな、ある日の主婦と息子の就職事情は、いつも結論は同じだった。

 

 

 

「うーん……オレ、精神病なのかなぁ……」

 なんて言いたくなるくらい、居酒屋で夜の街に繰り出していた。

 両親は殺され、苗字も改名した。

 そのことに追求してくる大人はまずいなくて、オレは夜の街に繰り出しては、たまに来るアイスとアルコールを飲んでいた。

 ふと、アルコールを飲むと母さんの豪胆な飲みっぷりを思い出し、胸が詰まる。

 しかし、慣れてきたのでそんな表情を出さずに、氷のような空色の友人とカウンター席で飲んでいた。

「あんなぁ、ツキ、それは精神病の人に失礼だ。就活落ちまくってるのは、相性悪いとか、そういう面だよ」

「家がギャンブルの町の町長の息子はいいよなーお先真っ暗なオレと違うもんなー」

「あのなぁツキ、ギャンブルの運はいいのに、どうして就活ではその実力が出ないんだろうなーとか考えてみ?」

 考えてはみたが、それが最適解だと言われてるので、思わず悪友を睨む。

 そんな腐れ縁のアイスは、ため息とともに呆れていた。

「ったく、うつになるほどならうち来るか? でも弟くんとは離れたくないだろ?」

「うん……フォークはしっかりしてるから、仕事なんていくらでもありそうだし」

 なにより、シーザライズさんやフォアさんたちが守ってくれている。

 それに甘えるしかない現状は辛いが、感謝もしている。

 フォークの通う公立学校にはリタルさんが作物育てるという名目上で学校内にいる。

 ローテーションで守ってくれているらしいが、ここ数年はキルストゥという名でないせいか、襲われることはない。

 それとも、暗殺者のバディが阻止しているのか。

 知ってしまうと日常に戻れなくなるので、深く聞かないことにしている。

「青春だねぇ」

「ちょっ、オネーサン、この歳で青春とか言われても嫌なんだけど!」

「ああ、ママ、ツキの惨敗にかこつけて今日のギャンブルでもしようぜ! 気晴らしに!」

 赤毛を後ろでまとめた店のママ――というか、主人は満面の笑みを浮かべた。

「今日は肉とカット野菜一式。カレー用。をかけての恨みっこなしの賭けだけどいいかい?」

「おぅ!」

 オレはカレーに喜ぶ弟の姿を空想する。季節を考えても、文句は言われない品揃えだ。

 商店街の飲み屋は、影でこういうこともしているのだ。

 軍に知られても、金銭ではないため問題はない……と思う。

「俺らも入っていいかい、ママさん」

「おや、負け通しのあんたも参加かい?」

「あーじゃあ俺は降りるわ」

「ツキのやつ、いっつも勝ってやがるからな。絶対に何かしらの裏がある」

 常連のおっさんは、頭を蛍光灯の光を反射させながら告げた。

 古びた木製の飲み屋だが、そこのママはオレたちを心配してくれている。

「オレにとっては普通なんだけどなー」

 だいたい、見知らぬ人から守られている現状が一番おかしいと思うのだ。

 髪を隠しているフォアさんは、オレのおかげと言っていた。

 そもそも、キルストゥの一族が謀反とも言える復讐を止められなかったのが原因なのだと言っていた。

 そのためだけではないにしろ、――これは、胸の内に秘めておこう。

 悪いのは、襲ってきた他国の軍人たちなのだから。

 それにしても、と飲み屋を見回す。

 めちゃくちゃ望み通りのことが叶うという運の良さは、いつからか覚えていない。

 仕事に関しては、いつも入社試験には落ちている。

 が。

 その後の会社が倒産したり脱税してたりするので、そういう意味では入らないことで助かっている。

 とはいえ、いつまでも転職転職でふわふわしてるわけにもいかない。

 母さんの遺言みたくなった、軍人と傭兵にはなるな、という言葉に応えた結果、オレはこの国では無力な一般市民感を消せない。

 父さんみたいに秀でた才能があるわけではなく、母さんみたいに東の小国から来たお世話してくれる人にいつまでも頼ってもらうわけにもいかない。

 などと思考にふけっていたら、なにやら話が始まっていた。

「四十五のババア、今日はなにでやる?」

「ほう、今日はロシアンルーレットにしよう」

 こめかみを引きつかせながら、店のママが言い切った。

 こういうところで働けたら良いのかもしれない、なんて思ったりする。

 が、夜中に働くのは避けたい。

 いや、こうして夜の街に繰り出していること自体が、悪いことなんだろうな、とは思うけれども。

「いや、ここはトランプにしよう」

「あ、それなら俺とママで勝負して勝敗で決めよう。まずおっさん、どっちが勝つと思う?」

「あたしを巻き込むんかい」

「良いだろ別に。死にゃしないし」

 隣に座る腐れ縁で友人のアイスがにひひ、と意地の悪い笑みを浮かべる。

 悪魔の尻尾も出してそうだ。

「そりゃ店主に決まってんだろ?」

「俺はツキが勝つ。勝負事で負けるなんてこと、ギャンブラーとしてはないからな」

「ほう、よっぽど腕がいいのか、イカサマ師なのか。見極めてやる」

「言ったな? 後で後悔しても遅いからな」

 アイスが手を挙げると、ママがトランプをどこからか取り出す。

 いつも思うんだが、普通にお金払うんだけれどもな。

 なんてことを思っていると、ママは新品のトランプをアイスたち傍観者に束にして配りだす。

 用意周到なことだ。

「あんたたち、イカサマがないように、全員でシャッフルしな」

 おう、とオレたちが答えて、カードを見える位置で切る。

「これでイカサマがないのはわかったね」

「確かにな」

 そうして、満足げにトランプを回収すると、一つの束になった。

「じゃあ、ジョーカー抜いて、いつものように赤か黒、どちらの色か三回言い合う。そして、二回当てたほうが勝ち。いいね? じゃんけんで順番は決めるよ」

 オレは慣れた手付きでママとじゃんけんをした。

 周囲の目が、鋭くなる。

 勝たないと殺す、という視線も混じっているが、ママもオレも気にしない。

 それくらい、日常になってしまった。

「ママが先行だな」

「ええ、それじゃあ、赤にしようかしら」

「じゃあ、オレが黒だな」

 じっと狭い飲み屋の四つの目に見つめられながら、オレはママが一番上のカードをめくるのを待った。

 それは、予想通り、黒のスペードだった。

「ツキに一票ね」

 ママの弾む声に、文句を言ってきた男はむっとなる。

「なにかしたんじゃないだろうな?」

「ああ? 一緒にトランプ切っただろう? 男のくせに、玉の小さい男だね」

 店主――ママが一睨みした。

「んだとこら」

「ああん?」

「喧嘩するなら、勝者はツキ、そして具材もツキに渡す。それでいいよな?」

 アイスのやつ、さり気なく漁夫の利を狙ってやがる。

「次、やらんのか?」

「はっ、おれさまに喧嘩売ったこと、後悔してやるぜ!」

 いつもよく聞く言葉に、ふぅ、と息を吐いた。

「じゃあ、次。またシャッフルからね」

 他の客は、あーあ、と残念そうな雰囲気をかもしだしながら、オレたちを見守っている。

 その顔は常連。

 学生服に、軍人である印をつけた者も幾人、見る。

 ――軍人にはなるな。

 母さんの言葉が、ふいに脳裏に響く。

 強い、力のこもった拒絶に、母の愛を感じた。

「それじゃあ、じゃんけんとしようか、ツキ」

「あ、ああママ」

 店主はカウンター越しに手を出し、じゃんけんをする。

「えっと、オレの勝ちだから……先に決めていいんだよな? 黒で」

 一番上のカードの色。

 なんとなく、オレはそう見えた。透視能力ではなく、勘だが。

「あとついでに、一番下は赤のハート」

 これもただの勘だ。

 でも、なぜかそうだという確信があり、運がいいというのは、察しが良いのが理由なのだと思った。

「おや、そこまでつつくんだね、あんたは」

 面白い、と店主が満足気に笑う。

 勝つのはオレだとわかっている笑みだった。

 そして案の定。

「はい、黒で当たりね。さすが、ギャンブラーを名乗るだけのことはあるわ」

 まったくすっきりしたという顔のママに、いつもすみませんとオレは頭を下げる。

「二回とも、当たる、だと?」

 常連客はやっぱりなーとざわざわとママが手を抜いてると勘違いしている。

 だから、怒りもわかない。ツキの事情を知っているから、とも言えるが。

「これでわかったろ? ツキの運はギャンブラー向きなんだよ」

「いや、でもディーラーによってはまれに負けるぞ」

「カジノの街でのイカサマ相手、って前提だろ? ここはただの居酒屋、飲み屋だろ?」

 まあ、そうだが。

 顔を赤くして、今にも噴火しそうな私服の文句を言いたげなおじさんは、何も言わずに立ち上がる。

 そして飲み代をばんっと怒り心頭の表情で置いて行くと、そのまま立ち去っていった。

「あー、ありゃー怒ってたね。短気なのは運が寄り付かないよ」

「その点、ツキはちゃんと運を味方につけたわけだ」

「はぁ。でも、いいのかそのまま外に出して」

 他の人に喧嘩をふっかけたりしそうな雰囲気だった。

 オレのそんな疑問を、鼻を鳴らしてママたち常連客は笑った。

「あんたらガキが気にすることじゃないよ。それに、ここは軍人様がいるんだ、騒ぎを大きくしたくはないだろうさ」

 そして店主たるママは、あっさり料理の詰まった袋をオレに押し付けた。

「待ってるんだろ? なら、酒代だけ置いてさっさと帰りな」

「いつもありがとう、店主さん」

 酒代もサービスしてくれている。

 それだけで、感謝の念が込み上がってくる。

「ママでいいってんじゃん」

 くすりと微笑むその笑顔を背に、オレはアイスのほうを見る。

「大丈夫だって。酒の残り飲んだら都のほうの家に帰るから」

「ならいいけど」

 事件は、いつどこで起こるかわからない。

 父さんがチンピラに親父狩りにあいまくったように。

 あの日、オレが銃口を向けられていた時のように。

 あいつ、軽く振る舞っているが、町長の息子だ。

 他に兄弟もいないと聞くし、いなくなったら大変だと思うが……。

「オレみたいに、護衛でもいるのかねぇ」

 いて当然とは思うが。

 そんなとりとめのないことを考えつつ歩く帰路は、星すら覆い隠すような、良い月夜だった。

 

 

 

「カレーは明日作ります」

 えっへん、と胸を張り、我が弟は鍋の具を食卓に並べていた。

 もう外は闇夜に満ちており、幼子ならもう寝る時間へと変化していた。

「帰りが遅くなってすまない」

 オレが頭を下げると、アホ毛を二本ぴこぴこさせて、フォーク――年の離れた弟は心配そうに顔を歪めていた。

「仕事、やっぱり見つからない?」

「ああ……」

 就職先は、まるで逃げていくように見つからない。

 ギャンブラーを名乗ってはいるが、正直、ただのニートだ。

 これじゃあフォークや守ってくれている人たちに申し訳ない。

 母さん、父さん、オレはどうしたらいいんだろうか。

 リタルさんのコネで、農協に入る、という手もあるが……。

 あの死をまとう、農業命の人だ、下手な仕事をしたら本当の意味で殺されそうだ。

 元暗殺者、がなんで農協の偉い人になったのかはわからないが、知らないほうが良いことは山とある。そういうものだ。

 とはいえ、クルアさんの情報屋の手伝いというのも頭の悪いオレには向いていない。

 あの人も謎だらけだ。

 神々の遺産とかいう、わけのわからないものを探しているとかなんとか言っていた。

 それと、レリア。

 同じキルストゥで、もう何年も前に王族殺しで処刑された少女がいたという。

 調べてみたら、彼女はオレが生まれる前に死んでいる。

 だというのに、この人たちは姿を二十代程度で変えることはない。

「……はぁ。オレ、本当に運がいいのかなぁ?」

 仕事をしない後ろめたさを覚えながら、オレは台所を行き来するフォークを見る。

 まるで女の子のような後ろ姿のデザインの服装は、父さん由来のものだ。

 大切に大切に使われるそれを見ると、どうして絵の才能がなかったか、悔やまれる。

 フォークは料理が好きだし、運動はかなりいい。

 頭はなんでか異様に偏りがあって悪いが、オレよりはましだろう。

 仕事探しはしているが、悪友とつるみ、居酒屋でギャンブラーごっこ。

 はぁ。死にたくなる。

「はい、お兄ちゃんの分。白菜ももやしも入れたから、食べてよ―」

 振り向くと、前髪をヘアバンドで上げていた。

 男とは思えない華奢な姿は、運動神経のよさと反比例している。

 必要最低限の筋肉しか見えない……まあ、見る人によっては、今の弟は、フォークを女と間違えそうだが。

「ねーねー、今日のだし美味しい? 塩とか中心にとってみた!」

 腰に手を当てて、胸を張る彼の料理を一口、口に運ぶ。

「塩味メインか。美味い」

「良かったー。今日はね、フォアさん来てったんだよ。明日はちょっと遠出するから、注意してって」

「傭兵さんは?」

「フォアさんの護衛だって。シーザライズさん、お母さんみたいに強いよね」

「そうだな。てか、オレの周りは変わった人ばかりいるな」

「お兄ちゃんも十分変わってるよ」

 男の娘、にも見えるフォークに、言い返せない。

「運だけはいいんだから。きっと、仕事見つからないのは、その運が導いてるんじゃない?」

「適当言うなよ……」

「本当に、そう思う?」

「……はぁ。フォークもさ。運しか取り柄がなくて、金も稼げないニートだぜ、オレ」

「そんなことないよ。お兄ちゃんは頑張ってる。アイスさんや、他の人達だって知ってる。あと仕事長続きしないのも」

 なんか、腑に落ちないことも混ぜられてる。

「あーあ。オレ、このままじゃまずいよなぁ……」

「やっぱり、スーパーのバイトとかにしたら? お兄ちゃんお金の扱い下手なのは知ってるけど」

「辛口だけど本当だから胸に痛い!」

「ふ、ぼくはお兄ちゃんのこと、好きだから何でも知ってるよ」

「女の子みたいな口説き文句言うなっつーの」

「えへ」

 ぽん、と頭を叩く。

 いつもの日常。

 でも、いつかは終わりを迎える日常だと、オレはその次の日、向き合うこととなるとは、思わなかった。

 

 

 

「フォークぅ、テストの名前消して交換しようぜー」

「クッキー、体育の答案だけそう言うのやめてくれない?」

 ぼくは日の射す学校の教室で友達と、わやわややっていた。

 というか、気付いたらもう誰もいない。

 茜色の空を見て、嘆息した。

 クッキーの手は、まるで亡者のように伸ばされてくる。

「いいからー、殺されるからー」

「いつも大げさだし、運動に関してはクッキーもいいとこいってるじゃん」

「でもフォークには敵わないしー」

 そう、ぼくは体育だけは得意なのだ。

 他は、ちょっと国語がよくて、数学は記号にしか見えなくて、理科は暗号で、社会はよくわからない。

 けれども、それは嫌いなのではなくて。

「もー。遅くなっちゃったし、買い物にいかなきゃならないから、ぼくもう行くね!」

 答案――うちの学校は変わっているのだ――を手に、ぼくは亡者を振り切って教室を出ていく。

 遠くから裏切り者ーという声がするけれど無視した。

 どっちがだよー。と唇を尖らせた。

 すると、廊下で黒ずくめの、細目の用務員さん――のふりをして学校にいるリタルさんと出会った。

「フォークさん、今日は夜から護衛に入ります。なので、帰りはなるべく人の多いところにいてくださいね」

「はい!」

「フォークぅ!」

 維持来たなくクッキーが叫んでいるけど無視する。

 振り返ると、顔だけ出していたが、止まる。というか固まっている。

「では、失礼します。くれぐれも、気をつけて」

 裏の社会では、キルストゥという名は相当な金額の懸賞金をかけてるとか言ってたっけ。

 この国ではキルストゥと名乗る人はほとんど皆無だから、安心なはずだったのだけれど……。

「馬鹿ー!」

「廊下ではしゃいではいけませんよ」

 とたしなめられて震えていた。

 そんなやり取りを背後で聞きながら、ぼくはうかれた気分で帰り道を辿る。

 変わってしまった日常だったけれども。

 ああ、やっぱり日常は良い。

 でも、それもいつまで続くかわからない。

 ぼくは守られている。

 けれども、いつかは自立しないとならないんだ。

 お兄ちゃんのためにも、他に、守ってくれる人たちのためにも。

 学校のみんなはぼくがキルストゥだったことを知ってるけど、特に最初以外、気にはされなかった。

 というか、両親が殺されたということで、気を遣われた。

 軍の偉い人の子もいるし、上手く皆を誘導してくれたのかもしれない。

「そういえば……シーザライズさんもいないんだっけ」

 兄のツキお兄ちゃんも、迎えには来ない。

 フォアさんも用事があるから来れないと言ってた。

 クルアさんはなにをしてるかはわからない人だ。悪意は感じないけれど、なにか申し訳無さを抱いてる人だ。

 ぼくはいつまでも、守られていたんだけれども。

 今日は、誰にも守られない、珍しい一日だ。

 でも気を抜いちゃいけない。

 ぱんっと頬を叩くと、ぼくは足を浮かした。

「あ……綺麗な人……」

 腰まである長い金髪、凛々しく美しい顔つきの女性が、学校の職員玄関から出ていく姿が見えた。

 腰には何かがある。

 でもそれが何か分かる前に、人混みに消えていってしまった。

「誰だろう?」

 軍人さんかな、となぜか直感したけれど、関係ないことに関わらないことにしよう。

 ぼくは商店街へと足を向け、帰路についた。

 

 

 

 夕方の、商店街は古いこともあり、人は少なくはないけれどもどこか物悲しい。

 もしくは本当ならあっただろう、両親のことをふと、思い浮かべてしまうからだろうか。

「人、今日は思ったよりいないなぁ」

 ぼくはなんとなく、静かすぎる商店街への道を歩いていた。

「人払いしたからなぁ、おい、そこのガキ」

 にやりと嗤うような声が聞こえた。

 悪寒となぜか安堵がぼくの胸の内に広がる。

 なぜ安心したのかはわからない。

 ドスのきいた声だった。

 悪意も、憎悪もこもっている。

「ツキ・キルアウェートの弟だな?」

 わかってて聞いてくる。

 振り返らなくてもわかる。

 なんとなく、この人一人だけではないと悟る。

 理由はわからないけれど、感覚が研ぎ澄まされている。

 日常から、非日常へのスイッチの切り替わり。

 フォアさんと出会った時には感じなかったことだ。

 ぼくは、変わってしまったのだろうか。

 いくつかの視線が、ぼくに絡みつく。

 しかし、商店街の道の真ん中でやるとは、相当怒って周りがみえていないんだろうか。

 怖いのに、怖くない。

 恐ろしいはずなのに、おさえないと喜びに溺れそうになる。

 一体なにに嬉しさを覚えているのだろうか。

「軍人がくると厄介だ。大人しくしてれば怪我はさせねえよ」

 目の前に立つ軍人の格好をした大男と、似た姿の何人かの青年たちは、憎悪の目でぼくを見下ろす。

 怪我はしたくない。

 フラッシュバックする、両親の亡骸と、抱きしめてくれて、泣いてくれたフォアさん。

 お兄ちゃんに何かする気なんだ、とはわかったけれども。

 見上げた視線は、彼らが恐ろしいというより、獲物が来たという好奇心にすり替わっていた。

「っち、お前たち、殺さなければいい。本気でやるぞっ」

「でも、ただのガキじゃないですか」

「ただの子どもに本気出すのも」

 この人の憎しみは、そんなことでは癒やされない。

 キルストゥの名を出さないということは、きっとそれは関係ないと思う。

 最近夜遅くに帰ってくる兄を思い浮かべる。

 ――お兄ちゃんの馬鹿。

 大男たち一人ひとり目と、目が合ってくすりと笑みがこぼれる。

 身体は震えている。ような気がする。

 ぼくより背が高くて、ぼくに平気で暴力をふるってこれる人たちだ。

 怖くて当然。ぼくはそんなもの――。

 本当に、持ってないのだろうか。

 あの時、呆然とした時、フォアさんが泣いて抱きしてくれなかったら。

 あの時よりは、この人たちが怖くはないけれど。

 ぼく自身が、怖い。

 誰も助けが来ないのがわかりきっている今の状態なのに、心は黄金の稲穂畑にいるように、穏やかで。

 だから怖い。

 でも大丈夫、ぼくは殴られるんだろう、乱暴されるのだろう。

 ――その前に。

「お前、その目はムカつく」

 大男の人が、すっと身体を構える。

 授業で護身術は学んだけれども、それ以上のことは知らない。

「怯えてねぇ。怖がってるふりだ。気付かねぇと思ったか?」

「ぼ、くは……」

 人の死を見てきた。

 守られてきた。

 でもぼくは今、一人でなんとかしないといけないのだ。

 皆に守られ続ける人生なんて、望んでない。

「ぼくは、もっと怖い思いを知ってる」

 なぜだろう。

 絶対に勝てっこないのに、口から出てくるのは虚勢だ。

 そのはずなのに、この人に負ける気がしない。

 ――助けて。

 いつかの、そしてあり得ないぼくの想いが木霊する。

 夢でみたような、幻のような、いや、これはぼく自身が目の前の死を見た結果の――ものだ。

 情けない格好だけど、痛い想いをするだろうけれども、ぼくは震えながら、声を出す。

「お兄ちゃんが迷惑かけたなら、謝ります。ごめんなさい」

 でもそれは、ぼくには関係のないこと――。

「なにか、勘違いしてるなガキ」

 大男のこめかみが浮き上がる。

 たぶん、お兄ちゃん絡みで来たのだろうが、それにぼくの態度に腹が立ったのだろう。

 ただ、いい状況じゃなかった。

「やれ」

 ぱちん、と指を鳴らす音がした。

「抵抗したら、お前の友達にも手を出してやる」

 冷水をかけられた思いだった。

 ぼくだけならいい。

 でも、クッキーや、学校の皆に、危害を加えさせたくない。

 唇を噛む。

 多勢に無勢だ。

 それに、ぼくのことを調べ上げている。

 どうして、ぼくはこの人なら勝てると思ったんだろう。

 でも、その火は消えない。

 らんらんと、闘気が負けるとわかっていても、手を出せないとしても、心だけは負けないと誓う。

「さあ、処理の時間だぁっ!」

「んっ!」

 大男たちが、足を蹴る。

 ぼくはとっさに、身体を丸くして蹴られるか殴られるか、そういう行為を覚悟した。

 ばちいんっと、音がした。

 茜色の空、その下で、目を閉じていたぼくは、繰り返すその音に反してこない痛みに、小首を傾げた。

 そして、ガラの悪い大男たちの声が、耳に――入ってこない。

 ばたばたと、そしてぱたぱたという足音がした。

 何か言っているが、ぼくには聞こえない。

 ふわり、とまず、いい匂いがした。

 それから、まるで鈴のような声が、ぼくの耳に届いた。

「もう大丈夫よ」

 何人かのうめき声がする。

「商店街の人たちが学校に向かうチンピラの集団を見たときいたの」

 落ち着かせるように、ゆっくりと声は告げる。

「だから、様子を見に来たら、こうなっていたの。でももう大丈夫よ。軍にも連絡したから、すぐ彼らは捕まるわ」

 まあ、きっとこってり絞られて外に放り出されるだけでしょうけど、と彼女は苦笑した。

「さあ、顔を上げて」

 ぼくは、ゆっくりと顔を上げた。

 綺麗な金髪に、制服姿は学生のよう。

 でも胸元のバッチが、軍に付属する者だと示していた。

 軍事国家であるここで、軍人に目をつけられるというのは――。

「怖かった?」

「あ……」

 安心、しなかった。

 どうして、あの時お母さんたちを助けてくれなかったの?

 そんな問いが、扉が開いていく感じがする。

「あの、ありがとう、ございます」

「うん、でもこれも仕事の一環だから、お礼は気持ちだけ、受け取っておくわ」

 手を差し出される。

 もし、あの時こんなふうに、軍人がいたら、お母さんたちは死ぬことはなかったのではないか。

 素直になれないぼくに、彼女は困ったように眉を寄せた。

「どうかしたかな?」

「いえ、その……」

「あ、今行きます! ごめんなさい、この人たち引っ張っていかなくちゃいけないの」

「は、はい……」

 ばっと立ち上がると、そのお姉さんは、大男を引きずる軍人たちとともに、背を向ける。

 軍に入るな。

 不意に、お母さんの言葉が蘇る。

 けれども、この人は助けてくれた。

 でも、お母さんは助けてはくれない軍だ。

 当然だ。その場にいないものを助けることなんてできるはずがないのだ。

 だから、向ける怒りはお門違いにもほどがある。

 でも……と、胸が締め付けられる。

 近くに、軍人さんがいたら、防げたかもしれない事態で。

 ぼくは、立ち上がると、その金髪のお姉さんを見つめる。

「どうしてあの時は、軍人さんはいなかったんですか?」

 無力感と絶望感と喪失感と――胸を締め付けられる悲痛な叫びを、大勢の軍人さんたちを見て叫びたかった。

 

 

 

「フォーク!」

 はっとして、ぼくは心配そうなお兄ちゃんを見つめた。

 今日の帰りは早く、ぼくは苦笑した。

 もう食卓テーブルに座って、外でシーザライズさんが護衛をしてくれてるとか。

 一度も物音すらしないから、気が付かないけれども。

 つまり、あれから商店街のおじさんに支えられて、上の空で料理をしたところまでは覚えていた。

 が、お兄ちゃんの一言で、ぼくは今日あったことを丸々思い出す。

 茜色の、今より前の時間だった。

 人によっては、もう夢の中にいる時間だ。

「夕食もいつもより煮えてなくてまずかったし、何かあったのか?」

「えっと……」

 はっきり覚えている。自分が変わってしまったかのような感覚は、忘れられない。

「……アイスから、話は聞いた。オレのせいで、悪かった。怖かったよな、ごめん」

 テーブルごしに告げるお兄ちゃんを見ても、ぼくの思考は現実に戻らない。

「チンピラに襲われそうなところを軍人に助けられたんだもんな。……はっきり聞くけど、大丈夫か?」

 真剣なお兄ちゃんの目に、吸い込まれる。

「えっと……」

「フォークが軍人嫌いなのは知ってる。でも、全員が全員、敵なわけじゃない」

 ぼくの態度で気付いたいのだろう。

「金髪の、女の人が。助けてくれた」

 ぽつりと、それだけ呟く。

 チンピラとかいう人より、軍人さんのほうが心を抉る。

 両親を助けてくれなかった、軍というものを、ぼくは心から心酔するような心配をできなかった。

「――その人、名乗ったか?」

「ううん。名前は知らない」

 ふむ、とお兄ちゃんはなにもないテーブルに視線を落とす。

 ぼくは、言ってはいけないことを言ったかもしれない、と背筋が凍る。

「じゃあ、調べるか」

 気楽に、お兄ちゃんは笑顔を浮かべた。

「どうして?」

「助けてくれたんだろう? お礼くらいしないと」

「でも……」

 言葉が出ない。

 沸騰する胸の内に、お兄ちゃんは気付いていない。

 それが、もどかしくて苦しくてぼくは――。

「軍人じゃなかったら、良かったか?」

 もしゃもしゃとお兄ちゃんに手を伸ばされて、髪をかきむしられる。

「あひゃっ、もう、何するのさーお兄ちゃん!」

 怒りに満ちた目で、顔を上げる。

 優しい色の茶の瞳に、不意に胸を抉られる。

「お兄ちゃんに任せとけ。何、アイスのほうが動いてるから、もう、こんな目には合うことはないだろうし……」

 その先は、失せていた。

 でも、なぜか不吉な予感がした。

 このぬるま湯のような、暖かな日常が壊れてしまうような錯覚に、ぼくは手をのばしたくて。

「怖がらない方法、見つけてやるから」

 まるで寝かしつけるように、お兄ちゃんがはっきりぼくの手を握った。

 とても、温かかったけれども、一抹の不安が消えなかった。

 

 

 

 そして。

「寝室の置物も、フォークも怒るだろうな……」

 決意はできた。

 皆の約束を破る、背徳の行為だと自覚はしている。

 フォークは隣のベッドの上で寝ている。

 アイスから聞いた、ギャンブルでの一件での逆恨みによる犯行だと知った以上、もうそっちは本当の遊びでやるしかない。

 飲み屋に行くべきでもないだろう。

 そこまでするとは、思わなかったが、人はわからないものだと唇を噛んだ。

 なら。

「運が味方してくれれば、なんでもなる」

 薄明かりの中、なにかを呻くフォークの声がする。

 どれだけ怖かったろう。

 兄として、そしてなにより残された家族として。

「軍人なら、中に入っちまえば楽に見つけられる、かな?」

 入隊のチラシをアイスの野郎から入手している。

 若年層が多い軍隊だし、オレが入れるか、そして耐えられるかはわからない。

 けれども、やらねばならない。

 フォークは、軍人になったオレを、耐えてくれるだろうか。

 そう、試さなきゃいけない。

 フォークの軍人嫌いは筋金入りだ。

 オレが飲み屋でミスって軍人と口論した、と言った時の形相は怒気が含まれていた。

「さあて、と。オレも、明日のために寝るか」

 ふと視線に入った物から、いいのか? と置物が問いかけてくる。

 錯覚だとわかっていても、頭の花に軽く触れて笑う。

「大丈夫だ。まあ、見つけて礼さえ言えれば、やめたって良いんだから」

 ここは軍事国家だ。

 代わりなどいくらでもはいているだろう。

「ってことで、明日は忙しくなりそうだ」

 まだ悪友にしか伝わってないだろう事実に、オレは苦笑する。

 みなが止めると思ったからだ。

 家を出ることにも繋がるかもしれない。

 それでも――。

「生かされた命、無駄に散らさない」

 あの日。

 シーザライズさんが他国の軍人から守ってくれたあの日から、オレの運命は決まっていたのかもしれない。

 この異常な運の良さ。

 そこに、なにか意味がある。

 そうであるはずだと思いながら、オレは。

「いいのか? 軍は運だけで生きていけるほど楽な仕事じゃねえぞ?」

 聞いていたのか、背後にいつの間にかいたシーザライズさんの茶色の鋭い目が、覚悟を問う。

「はい。母さんとの約束を果たせないんですけれどもね」

「調べるなら、してやれるが……軍人を、体験したいんだろう?」

 でも、お前の実力ではそんなことは難しいだろう、とシーザライズさんが言う。

「それでも、一応守ってもらっているので。この国の、軍人さんには」

「冷たい兄だな。ま、似たんだな」

 哀愁が漂う声に、オレは思わず振り返る。

「先輩だったからな。国は違えども、な」

「じゃあ、助言ください」

「ツキなら、事務職を選べ。それが一番いい結末だろうさ」

 にっと応援するように笑った先輩に、オレは頷く。

「この程度、フォークなら手助けいらなかっただろうがな」

 風にとけるような小声に、オレは目を瞬かせる。

「気にするな。それじゃあ、頑張れよ」

 ひらひらと手を振って、オレは恩人の背を見送った。

 そして、今日フォークを助けてくれた女性を思い描く。

 金髪の女性。なにか細い物で戦っていたという。

「うん、見つけられたら、運が味方してくれたと思おう」

 はっきり言って、フォークは軍人への憎悪が強すぎて、それしか覚えてなかったらしい。

 それも仕方がない。

 フォークは、他国だが両親の死を直視したのだから。

 オレと違って。

 でも、金髪の女性なんてどこにでもいるよなぁと思う。

 その辺り、クルアさんに調査依頼出来ないかなぁと思いながら、オレはチラシを見下ろす。

 軍の階級とか、細かいことは明日以降考える。

 軍に長居する気はないから、オレはベッドに横になる。

「さ、勉強とか調べたりするの、頑張りますか」

 自分の決断が正しいとは思えないけれども。

 先輩が応援してくれているのなら、きっと軍人になれる。

 運も味方してくれる。

 ただ、一つ気がかりがあるとすれば。

 フォークとしばらく会えなくなるだろうという予感があって、その寝顔を見つめるのだった。

 

 

 

 おぼろ月夜の空を見上げながら、シーザライズは屋根の上に戻っていた。

「入隊、ねぇ。ツキの情けなさ見てると、軍人として耐えられないと思うがね」

 元軍人といえば自らもだ、とフォアに目を向ける。

「良いんじゃない? あの運の良さなら、筆記も実技も乗り越えちゃうよ」

「てか、金髪の女探すなら、窓口行けば対応してくれるんじゃねえの?」

「だよねー。もしかすると、ツキさんは、軍に入りたかったのかもしれないよ」

 でもね、だめなんだ、とフォアは呟く。

「本当なら、役割は反対。まあ、フォークくんを守るためにぼくらはいるわけだから、ツキさんのことはクルアたちに任せよう」

 リタルか、と思いながら、もしかするとという不信感が湧き上がってくる。

 が、一旦、それは飲み込む。

 なので、別の言葉をぶつける。

「いいのか? 死ぬかもしれない」

「死なせないために、ぼくらがいるんだろう?」

 フォアはウィンクすると、手をかざす。

 夜空は星をかすかに投影している。

「軍人にも『神』はいる。怨念が星の光と結びついた時、生まれる彼らが」

 フォアの言葉に、シーザライズは最悪の可能性も視野に入れる。

「もし、軍人の『神』――魔に殺されたら?」

「そうはさせないために、シーザライズ、君の力が必要なんだ」

「無を有に変えるだけしかできないぞ」

「嘘つき。それ以外にもできるでしょう?」

 フォアの言葉に、シーザライズは試したことのない新たな力の存在に気付いていた。

「怨念さえ祓えばいいのさ。そうすれば、人と同じ。怨念の『神』は、それで崩壊するか消え去る」

「ならツキには出会い次第殺せ、といえばいいのか?」

 きつい眼光を受けても、フォアは空を見上げた。

 散らばる星の光を浴びて、彼は一言、述べる。

「また一人、怨念から『神』が生まれた。でも、彼はまだ、目覚めてないから違和感としてしか気付かない」

 シーザライズは、目を見開く。

「軍に入るかは、彼の意思だ。で、そんな彼と――フォークくんを守るのが、ぼくたちのやること」

「『神』相手にゃどうすればいい?」

「キルストゥは祓いで『神』と怨念を切り離せるけど、君にはできない。ならどうするか。これ、聖水」

 するっと手の中に生まれた小瓶を見て、シーザライズはつくづく、人間離れしてるな、と感想を抱く。

「怨念と『神』を切り離せるから、それで『神』――魔から怨念を切り離して、怨念を実体化させて」

「できるのか?」

「きみの力は具現化。神の力と怨念を切り離せば、彼らは生身の人間と同じ。あとは祝詞で怨念化を防いで、魂を世界に還す」

「あー、なんかそこいらのファンタジー小説じみてんな」

「そうだね。面白いでしょう?」

 フォアは目を輝かせて、褒められたように微笑んだ。

「はん、このたぬきめ」

「きつねが言ってることは、わかりませーん」

 『神』を生む空を見て、フォアはすっと背後へ振り向く。

「全ての『神』が悪ではないけれども、キルストゥとわかれば何かしらの行動をすると思う。その時はたのんだよ、相棒」

「わかってるさ、フォア。――力の使い方を教えてくれた、恩人」

 ぱりんっと、シーザライズは小瓶を割って、聖水の構造を理解する。

 ゼロからの錬成。

 制限がないゆえに、扱いきるのがとても難しい自身の能力。

 歳を取ることもない、異能力者。

 だが、シーザライズは思う。

 フォアを具現化させ続けても衰えないこの力。

 だんだん、やっとだが少しづつ制御できるようになってきた。

「戻れ」

 すっと、さっき壊した聖水の入ったものが、何事もなかったかのように蘇る。

 いや、創造させる。

「これで、よしと」

「ぼくは残るから、シーザライズは先に帰っていいよー」

「いいのか? 今はただの人間だろ? 戦えるのか?」

「来ないよ。それに、もうちょっと、星を見たいから」

 フードも被っていて、暗くてその表情までは読み取れなかったが、シーザライズは頷いて屋根を蹴る。

「お星さまの光は、見えずとも地に届く。たとえ、地下だとしても」

 人に見えないだけだ、とフォアは呟く。

「寝入ってるみたいだし、ツキさんの運がどれだけ味方するか、お手並み拝見といきますか」

 上手く行っちゃうんだろうな―とわかっていながら、フォアは笑う。

 それが、当たり前のように。

 夜空を、飽きるまで見上げた――。


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公開日2025年8月11日

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